源七郎と兵庫・共鳴する二人の生き方
「青竹」(山本周五郎)
(「おさん」)新潮文庫

佐和山城主・井伊直政の家臣に、
関ヶ原の合戦の折、
敵の武将の首を挙げたものの
武功を
名乗り出ずにいた者がいた。
余吾源七郎である。
その十数年後、
彼は大阪夏の陣で
軍令違反の罪に問われる…。
やはり山本周五郎の短篇は見事です。
本作品は、
この寡黙な武士・余吾源七郎と
頑固な老将・竹岡兵庫の
感動的な交わりを描いています。
といっても、
二人が相対したのは
十数年間で二度だけです。
関ヶ原の論功と
大坂での審問の場です。
関ヶ原の件では、源七郎に
恩賞が下ることが決するその時、
兵庫が異議を申し立てます。
「事実に相違なくとも、
一度行われた賞罰を
今になって改めるのはいかがなものか。
今後、合戦の数年後に
軍功を申し出た者がいた場合、
悪い前例となりはしないか。」
兵庫の言い分が認められ、
源七郎の加増は見送られます。
源七郎の武功は、
それを目撃していた本多忠勝が
直正に話したことから
明らかとなりました。
なぜ源七郎は
自らの手柄を報告しなかったのか。
「わたくしはただひとすじに
たたかうだけでございます。
さむらい大将を討ったからとて
功名とも思いませぬし、
雑兵だからとて
詰らぬとも存じません。」
その源七郎は大坂の陣で、
退却の命令を無視し、
相手方天王寺口の守備隊を攻め続け、
突破口を開きます。
それは大坂落城の
きっかけとなったものの、
他家の武将らに手柄を奪われ、
部下をほぼ全滅させた
罪だけが残ります。
大坂の陣の裁決の場では、
源七郎に領地追放の決定が
なされようとしたその時、
やはり兵庫が立ち上がります。
「軍令違反のお咎めは了承した。
しかし源七郎の手柄に対しての
恩賞はうかがっていない。」
「軍令を守るべきは戦陣の掟なれど、
戦は生きもの、瞬きの間にも転変がある。
勝敗の決する点は機微、
ここぞと思う一刹那には
何を捨てても戦い抜く覚悟が大切。」
自らの手柄など眼目になく、
ただひたすら忠勤に励む
まっすぐな青年武士・源七郎。
物事の真理を見極め、
徹底して筋を通そうとする老将・兵庫。
関ヶ原では恩賞を認めず、
大坂の陣ではそれを認めさせる。
両者とも私心はなく、
ぶれることなく
信念を貫き通した結果です。
その生き方の共鳴が
本書の最大の読みどころとなっています。
短編小説ながら、
小気味よい速さで物語が進み、
読み手は否応なく感動へと導かれる。
山本周五郎の文学世界に浸る楽しさは
そこにあります。
※源七郎と兵庫の関わりは、
実はもう一つあり、
それは兵庫が自分の娘を
源七郎に嫁がせようとした一件。
そちらも関ヶ原と大阪の間の
十数年を挟んで物語を創り上げます。
本当はそちらも取り上げなければ
片手落ちになるのですが、
今回は割愛しました。
後日機会があれば書きたいと思います。
(2018.12.4)
