「ごきげんな裏階段」(佐藤多佳子)

お互いにわかり合えるという作者からのメッセージ

「ごきげんな裏階段」(佐藤多佳子)
 新潮文庫

みつばコーポラスの裏階段には、
不思議な生き物たちが
住んでいた。
タマネギを食べて人の言葉を話す
「タマネギねこ」、
幸福と不幸をもたらす笛を吹く
「笛吹きグモ」、
煙を食べるお化け「モクー」。
子どもたちは
友だちになろうとする…。

お化けを素材とした三話オムニバス。
お化けといっても妖怪や魑魅魍魎の
類いではありません。
人間としっかりコミュニケーションを
とることができる、
ほのぼのとしたお化けたちなのです。

「タマネギねこ」
学がアパートの裏階段で見つけた
茶トラの子猫・ノラは、
タマネギが大好物だった。
学は妹のくるみと一緒に、
毎日えさの
タマネギをあげにいく。
ある日、どうしたことか
裏階段にタマネギが
たくさん生えていて、
それを食べたノラは…。

〔主要登場人物〕
小村学

…裏階段で子猫のノラを見つける。
小村くるみ
…学の妹。
 学とともにノラに餌をあげる。
「お父さん」「お母さん」
…学とくるみのお父さん・お母さん。
有沢のおばば
…管理組合理事長。生き物が大嫌い。
ノラ
…茶トラの子猫。
 のちに「タマネギねこ」となる。

「ラッキー・メロディ」
一樹は音楽の時間の
笛のテストに備えて
練習をするが、
一向に上手くならない。
おじさんたちに
うるさがられた一樹がアパートの
裏階段で練習していると、
「教えてやろうか」と
クモが話しかけてきた。
そのクモは
二本の笛を背負っていた…。

〔主要登場人物〕
𠮷原一樹

…みつばコーポラスのおじさんの
 ところに預けられた。笛が下手。
「おじさん」「おばさん」
…一樹のおじさん・おばさん。
アリババ先生(有沢先生)
…一樹の小学校の音楽教師。
 管理組合理事長。生き物が大嫌い。
山本ひろし
…一樹の友だち。
笛吹きグモ
…一樹が出会った笛を吹くクモ。

「モクーのひっこし」
ナナが裏階段で遊んでいると
パパが煙草を吸いにやってきた。
パパの吐いた煙は、
なぜかダストシュートの
塞がれている口から
どんどん吸われていく。
不思議に思った二人が
蓋を開けると、
人の形をした煙が出てきて
モクーと名乗る…。

〔主要登場人物〕
天野ナナ

…モノをあけるのが好きな女の子。
 裏階段でモクーと出会う。
「パパ」「ママ」
…ナナのお父さん・お母さん。
モクー
…裏階段に現れた煙のお化け。
 煙を食べる。
サンシロー
…パパの友人。スナック
 「マッチ売りの少女」の経営者。
小林くるみ
…同じアパートに住む女の子。

本作品の味わいどころ①
大人とも意思疎通できるお化け

タマネギねこは学とくるみだけでなく、
学のパパ・ママとも言葉を通わせます。
煙のモクーもナナだけでなく
パパ・ママ・そして
パパの行きつけのスナックのマスターや
そのお客さんたちとも交流します。
笛吹きグモだけは
大人の前では本性を見せないのですが、
一樹のクラス全員と
音楽教師・アリババ先生に
素敵な(?)メロディを聴かせます。
多くの児童向け作品では、
モンスターは子どもたちにだけ見えて、
大人には見えません。
しかしこのアパートの裏階段の
お化けたちは
大人にもしっかり見えるのです。
子どもと大人が
不思議を共有しています。
お化けを介しての、
子どもと大人の一体感。
それがこの作品の魅力です。
この、大人とも
意思疎通できるお化けの登場こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
お化けをきっかけに広がる交流

そんなお化けたちを仲立ちとして、
子どもと大人も
素敵な交流をしていくのです。
学・くるみ兄妹のパパ・ママは、
頑なさがなくなり、
ペットを飼うことにも
寛容になっています。
おそらく管理組合理事長とも
折り合いをつけていくのでしょう。
一樹はそれまで苦手だった有沢先生を
理解できるようになりました。

そしてもちろん子どもどうしも
つながっていきます。
くるみとナナが友達になる予感を示し、
物語はさわやかな余韻を残して
終わります。
この、お化けをきっかけに広がる
人と人との交流こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
相互にわかり合えるという確証

本作品で描かれるいくつかの交流を
読み味わえば、
「通う学校が違ってもわかり合える」
「生きてきた年月が違っても
わかり合える」、そして
「人間とおばけという
生物種(?)が違っても、
お互いにわかり合える」という、
当たり前で単純なことを、しっかりと
信じられるようになるはずです。
「甘口の児童文学」などと
侮ってはいけません。
この、異質なものとでも
わかり合えるという
作者からのメッセージを受け取り、
噛みしめることこそ、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

残念なことに私たちの身のまわりでは、
いじめや児童虐待、
テロや民族紛争、
テレビをつけても人と人とが
わかり合えていない状況ばかりが
流れてきます。
そういう現代だからこそ、
子どもたちに明るく爽やかで、
そして夢のある物語を
読ませたいと思うのです。
まずは大人のあなたから、
本作品をぜひご賞味ください。

〔中学生への読書案内として〕
中学生への読書指導の大切さを
痛感しています。
読書指導は「この本を読め!」と言って
名作を提示して
終わるようなものではありません。
今時の中学生に夏目漱石の「こころ」を
読ませようとしても、
読み進めること自体が難しいでしょう。

教育活動は何事もそうですが、
目指すべきゴールを示し、
そのゴールまでの道筋を
明らかにすることが大切だと考えます。

中学生の発達段階を考慮した
読書活動の到達点
(身に付けさせたい読書力)はどこか?
私は次のように考えます。

①夏目漱石や島崎藤村など、
 明治の文豪の主要作品を
 読み味わうだけの読解力

②小説にとどまらず、
 評論・随筆、戯曲、詩、短歌・俳句等、
 幅広い分野への興味・関心と鑑賞力

③岩波新書や
 講談社現代新書等の新書のうち、
 難解でないものを
 読んで理解できるだけの読解力

小難しいことを並べてみましたが、
さて、そのゴールに向かう
そのスタートはどこか?
私は現代作家の書いた「児童文学」こそ
中学生の読書活動の出発点だと
確信しています。

本作品、
佐藤多佳子の「ごきげんな裏階段」は、
それにふさわしい本の一つです。

何か面白い本ないかな?と言う
中学校一年生がいたら、
私たち大人は
自信を持って薦めましょう。
「こんな本、どうだい」と。

(2018.12.11)

〔関連記事:佐藤隆子の作品〕
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