ビールののどごしのようにすっきりさわやかな作品
「ビール会社征伐」(夢野久作)青空文庫
経営難に陥っている
九州日報社の社員たちは、
給料が滞り
大好きなビールも飲めず
あえいでいた。
一計を案じた社員たちは、
社内にテニス部を有する
××麦酒会社に庭球勝負を挑む。
うまくいけば麦酒に
ありつけるかも知れない…。
前回まで取り上げた夢野久作。
「瓶詰地獄」「ドグラ・マグラ」等、
どろどろした奇作・怪作だけだろうと
思っていました。
本作はちがいます。
ビールののどごしのように
すっきりさわやかな作品です。
スポーツ漫画の世界であれば、
練習を積み重ねて
下手くそなりにチーム一丸となって
戦おうとするでしょう。
しかし、
九州日報社の社員チームは…、
テニスの経験はおろか、
ルールさえ知らないものばかり。
当日やってみればわかるだろう、
くらいの意識なのです。
したがって当日の様子は滑稽です。
「先方は揃いの新しいユニフォームを
チャンと着ているのに、
こちらはワイシャツに
セイラ・パンツ、
古足袋、汗じみた冬中折れという
街頭のアイスクリーム屋式が
一番上等で、
靴のままコートに上って
叱られるもの。
派手なメリンスの襦袢に
赤い猿又一つ。
西洋手拭の頬冠りという
チンドン屋式。
中には上半身裸体で
屑屋みたいな継ぎハギの襤褸股引」
もちろん試合になろうはずもなく、
「サーブからして
見送りのストライクばかりで、
タマタマ当ったと思うと
鉄網越しのホームラン…
それでも本人は
勝ったのか敗けたのか
解らないまま、
いつまでもコートの上で
キョロキョロしている。」
なんともはやのどかな光景が
眼前に浮かんできます。
それでも試合終了後は
もくろみどおりに事が進み、
社員たちはビールにありつけるのです。
「主将たる筆者は
胸がドキドキとした。
インチキが暴露たまま
成功したのだから…。」
振る舞われた
大樽のビールを飲み干すと、
「午後の仕事がありませんと、
もっとユックリ
頂戴したかったのですが、
残念です」。
何ともちゃっかりしています。
本作品発表は昭和10年。
戦争の足音が
聞こえ始めてきた時期です。
この当時の他の作家の作品は、
暗い世相を何らかの形で
反映させていたのですが、
本作品にはそうした要素は皆無です。
全編ユーモアあふれる快作。
しかし、奇作・怪作揃いの
夢野作品の中にあっては、
本作品こそ
怪作といえるのかもしれません。
(2018.12.15)
【青空文庫】
「ビール会社征伐」(夢野久作)