描かれているのは悲哀に満ちた人生
「ひとり者のナイトキャップ」
(アンデルセン/高橋健二訳)
(「百年文庫051 星」)ポプラ社

「結婚しない」という条件で
異国の地に赴き、
店番をしながら
一人老いていったアントン。
彼がナイトキャップを
目深に引いて眠る夜、
彼の人生で
消えることのない場面が
静かに浮かんでくる。
彼は若かりし日の
恋の思い出を…。
深い哀しみを湛えた物語。
それがアンデルセンの
童話の特徴でしょう。
本作品も、
ナイトキャップを深くかぶって眠ると
人生の輝いていた場面が
浮かんでくるという
メルヘンチックな衣装を
まとっていますが、
描かれているのは
主人公・アントン老人の
悲哀に満ちた人生です。
幼い頃、一緒に林檎の種を植え、
苗木を育てた少女・モリー。
青年となったアントンは意を決して
遠い町へと移り住んでいた彼女に
会いに行きます。
しかし彼女は…
「わたし、あなたと
なかたがいしたくありません。
まもなくここをはなれて
遠くへいかなければならない
いまとなって。
わたしはあなたに
好意をもっています。でも、
あなたを愛したことはありません!」
その後、雇い主の指示に従い、
ドイツからデンマークへと
転地したのでした。
それにしてもアントン老人、
不遇の人生です。
一生独身のまま、
誰にも看取られず、
静かに命を終えたのですから。
日本で今問題になっている「孤独死」を、
200年も先取りしています。
実は作者アンデルセン自身もまた、
生涯を独身で過ごしています。
資料を読むと、
数々の恋をしたものの、
どれもかなわず、
ことごとく失恋していたのだそうです。
幼い日に別れたモリーが、
今でも自分を愛してくれていると
思いこんでいたアントンの
愚直なまでの純真さは、
アンデルセン自身の人柄が
投影されたものなのでしょう。
アンデルセンの童話で
最も有名な「人魚姫」は、
恋い焦がれる男性に
すべてを捧げたにもかかわらず、
思いが届かぬばかりか、
自身は海の泡となってしまいます。
彼の創った主人公は、
すべて彼の分身といっていいのです。
さてそののち、
このナイトキャップをかぶったものが
それを脱ぎすてると、
そこから一つ二つと
真珠がこぼれ落ちます。
それは
アントン老人の涙の結晶なのです。
アンデルセンが残した
数々の童話もまた、
彼の哀しい涙の
結晶なのかも知れません。
アンデルセンは本作品発表の17年後、
本作品の舞台コペンハーゲンで
亡くなっています。
(2018.12.19)
