「葱」(芥川龍之介)①

男と女は価値観が異なるとうまくいかない

「葱」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介大全集3」)ちくま文庫

カフェの女給「お君さん」は、
憧れの「田中君」と待ち合わせ、
須田町あたりへと歩いて行く。
年の瀬の街並みは、
何もかも華やいで見えた。
しかし、
一軒の八百屋の店先に、
一束四銭と書かれた
葱の山が見えたとき、
お君さんは…。

やっぱり男と女は価値観が異なると、
うまくいかないものです。
この短編を読み返すたびに
そう思います。

お君さんは「一通りの美人」さん。
彼女は貧しいながらも芸術の趣味高く、
自室に文学書や
芸術家の肖像画を飾ってるのです。
そのため芸術の薫りのする
青年・田中君に恋をします。
彼は無名でも芸術家の端くれです。
様々な芸術をそつなくこなし、
文化人として生活しているのです。

二人の初めてのデート。
お君さんには
その往来のすべてが華やいで見えた…、
はずでしたが、目に入ったのが
八百屋の店頭に並んだ一束四銭の葱。
あまりの格安の値段につられ、
彼女はそれを二束買ってしまうのです。
葱のにおいに呆然とする田中君。
涼しい笑顔のお君さん。

最後のシーンを想像すると、
笑えます。
葱の値段のあまりの安さに、
文化の薫りも
ロマンチックなデートも
すっ飛んでいったのでしょう。
田中君の表情も目に浮かびます。
漫画であれば、
顔に縦線が何本か入っているでしょう。

でも、よく考えると
ちょっと哀しい気がします。
二人のこの鮮やかなすれ違いは、
価値観の違いからくるものだからです。
そしてもっと言えば、
文化人と一般庶民との
生活格差の違いでもあるのでしょう。
「文化的生活」は、
生活に困らないだけのお金がないと
始められないのです。

もっとも田中君は、
サーカスを見に行くということで
お君さんを誘っておきながら、
「芝浦のサアカスは、
 もう昨夜でおしまいなんだそうだ。
 だから今夜は僕の知っている
 家へ行って、一しょに
 ご飯でも食べようじゃないか。」
「お君さんは田中君の手が、
 そっと自分の手を
 捕えたのを感じながら、
 希望と恐怖とにふるえている。」
と、
下心丸出しのエセ文化人だったのです。

最後の一文に
「お君さんはその晩何事もなく」
帰ってきたとあります。
そう考えると、大安売りの葱は、
結果的にお君さんを
田中君の毒牙から
守ったことになるのです。

やはり価値観の違う異性との交際には
注意が必要なのでしょう。

※作品中に生活費を表すものとして、
 「米代、電燈代、炭代、肴代、醤油代、
 新聞代、化粧代、電車賃」と
 並んでいるところに時代を感じます。
 大正時代は「醤油代」という
 感覚があったのです。

(2018.12.31)

【青空文庫】
「葱」(芥川龍之介)

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