異世界迷い込み小説は新しい展開を迎えています
「七夜物語 上・中・下」(全三巻)
(川上弘美)朝日文庫

読んだはしからその内容を
すべて忘れ去る
不思議な本「七夜物語」。
小学校4年生のさよは、
その本に導かれるように、
同級生の仄田くんと
「夜の世界」へ迷い込む。
第一夜、二人は
グリクレルという大ねずみから
皿洗いを命じられる…。
私の好きな「異世界迷い込み小説」です。
しかし、RPGのように、
勇者になって世界を救うような
「異世界」はお断りです。
本作品も
そのような安易なものに陥らずに、
素敵な「異世界」を創り上げています。
ただし、
「異世界」を構成する大枠は、
実は「よくあるパターン」なのです。
「よくあるパターン」①
子どもしか入れない世界
しかも大人になると思い出せない。
こうした「異世界」は
すでに多くの作家が作り上げています。
ピーター・パンのネバーランドが
その代表例でしょう。
「よくあるパターン」②
動物やモノの化身の登場
大ねずみのグリクレルを筆頭に、
命を与えられた「エンピツ」「机」「黒板」、
そしてマンタ・レイ(大きなエイ)。
アリスが落ち込んだ
「不思議の国」も顔負けです。
「よくあるパターン」③
現実世界とどこかでリンク
さよはその世界で
若き日の両親と出会い、
仄田は自分とそっくりだけども
「できる子・仄田」と遭遇します。
それは異世界の夢ではなく、
どこかで現実を反映し、
現実も異世界の影響を受けるのです。
これもありがちです。
これだけ舞台装置である異世界を
「よくあるパターン」で構成しながら、
そこから紡ぎ出される物語は、
どこをとってもきわめて新鮮です。
特筆すべきは最後の第七夜です。
「夜の世界」が光と闇に別れつつあり、
その分裂を救うというのが
二人に与えられた使命です
(これも十分「よくあるパターン」)。
「光」と「闇」の分裂となれば、
光=善、闇=悪の
二極対立の構図に展開しそうですが、
そうなりません。
「光」も「闇」もどちらも「悪」のようであり、
なんとなく「善」の要素も
持ち合わせているのです。
二人が使命を全うできたかというと、
これも曖昧です。
世界を救っていません。
なにせ「消滅」させたのですから。
現実世界に戻ったあと、
「失敗」と判断されています。
無事現実世界に戻りながらも
一抹のやるせなさが残ります。
単なる勧善懲悪でもなく、
世界の救済でもなく、
大団円でもなく、
予定調和的でもなく、
きわめて現実的に冒険は終わります。
これがいいのです。
筋書きまでありきたりだと、
読む価値はありません。
「よくあるパターン」を踏襲しつつ、
今までにない新しいものを生み出す。
異世界迷い込み小説は
新しい展開を迎えています。
(2019.1.2)
