「押絵と旅する男」(江戸川乱歩)

「覗く」ことで現世と繋がっている異世界

「押絵と旅する男」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第5巻」)光文社文庫

「私」が二等車内で
乗り合わせた男は、
額縁に入った押絵を取り出し、
車窓に向けていた。
それは洋装の老人と
振り袖を着た美少女の
押絵細工であり、あたかも
生きているかのようであった。
男は「私」に押絵の
「身上話」を語り始める…。

江戸川乱歩の初期の傑作
「押絵と旅する男」です。
凄惨な殺人事件や
奇抜なトリックといった、
乱歩特有の要素はほとんどありません。
この世のものとは思えない妖しい世界が
(それ自体が乱歩らしさなのですが)
広がっています。

〔登場人物〕
「私」

…語り手。
 列車の中で奇妙な老人と出会う。
「彼」(「男」「老人」)
…「私」が列車の中で出合った人物。
 押絵細工と遠眼鏡を持っていた。
「兄」
…「彼」の兄。「彼」の語りの中に登場。
「娘」
…「兄」が心を寄せた少女。
 「彼」の語りの中に登場。

本作品の味わいどころ①
老人の語る押絵の奇妙な「身上話」

兄は浅草凌雲閣の最上階から
遠眼鏡で見かけた美少女に
一目惚れした。
だが、それは押絵として
拵えられたものだった。
諦めきれない兄は、
私に遠眼鏡を逆さにして
自分を覗くように頼んだ。
すると兄はみるみるうちに小さくなり、
やがて見えなくなってしまった。
なんと兄は押し絵の美少女を
抱き寄せる形で
幸せそうに押し絵の中に入っていた。
それが押絵の「身上話」なのです。

なんとも奇天烈な話なのですが、
乱歩の構成力と表現技法によって、
それがさも現実的に起きたように
感じられるしくみとなっているのです。
汽車の中という限定的空間、
四十とも六十とも見える「彼」の風貌、
「非常に古風な、
父親の若い時分の色あせた写真でしか
見ることの出来ない様な」「彼」の服装、
そうしたものが幻想的雰囲気を
効果的に醸し出しているのです。
この世のものとは思えない、
しかしこの世で確かに起こった
ことのように感じられる、
老人の語る押絵の奇妙な「身上話」を、
まずはじっくり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
「覗く」ことでつながった「異世界」

幻想的世界を創り上げている
要素の一つが、
いたるところにちりばめられた
「覗く」という行為でしょう。
「大気の変形レンズ」を通して「覗いた」
遠くの景色である、
「蜃気楼」から始まる冒頭部の
描写からしてそうです。
「私」が押絵細工の中の二人を
「生きている」と感じたのも
遠眼鏡を通して「覗いた」ときです。
間近で直接見るよりも、
離れて遠眼鏡で見たときの方が
艶めかしく感じるのですから
異様といえば異様です。
そして「身上話」では、
「彼」の「兄」が美少女と出会ったのも
やはり遠眼鏡越しに「覗いた」ときです。
兄がこの世から消え去り、
押絵の世界に入り込んだのも、
「彼」が遠眼鏡を逆さにして
「覗いた」からなのです。
この世と乖離している世界が、
「覗く」ことで
現世と繋がっているのです。
この、
「覗く」ことでつながった「異世界」を、
次にしっかり味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
視覚的効果という時代の「最先端」

本作品発表は昭和4年(1929年)です。
その二年前にアメリカで
トーキーが実用化され、
「映像」に対して世の中の注目が
集まっていた時代と考えられます。
そうした時期に、文学の世界で
きわめて視覚的な効果を施した
本作品は、まさに時代の最先端を
走ったものといえるのでしょう。
時代の寵児・乱歩の生み出した、
視覚的効果という時代の「最先端」こそ、
本作品の根底に流れる
文学的要素であり、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと堪能しましょう。

さて、本作品発表から来年で
九十年となる現代、
生身の女性を愛することができずに、
アニメやゲームに登場する
二次元の美少女に夢中になっている
若者のなんと多いことか。
これも「画面」を通して別の世界を
「覗いて」いることなのでしょう。
あたかも乱歩が、
九十年先の「現代」を見越して作品を
書いたかのようにも思えてきます。
もしかしたら現代こそ、
本作品が最も受け入れられやすい
時代なのかも知れません。
未読の方、ぜひご賞味ください。

(2019.1.5)

〔青空文庫〕
「押絵と旅する男」(江戸川乱歩)

〔「江戸川乱歩全集第5巻」〕
押絵と旅する男

蜘蛛男
盲獣

〔関連記事:乱歩作品〕

「江戸川乱歩全集第11巻」
「夜光人間」

〔光文社文庫「江戸川乱歩全集」〕

hasanshaheedi1992によるPixabayからの画像

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