「押絵と旅する男」(江戸川乱歩)①

「覗く」ことで現世と繋がっている異世界

「押絵と旅する男」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第5巻」)光文社文庫

「私」が二等車内で
乗り合わせた男は、
額縁に入った押絵を取り出し、
車窓に向けていた。
それは洋装の老人と
振り袖を着た
美少女の押絵細工であり、
あたかも
生きているかのようであった。
男は「私」に
押絵の「身上話」を語り始める…。

兄は浅草凌雲閣の最上階から
遠眼鏡で見かけた美少女に
一目惚れした。
だが、それは押絵として
拵えられたものだった。
諦めきれない兄は、
「私」に遠眼鏡を逆さにして
自分を覗くように頼んだ。
すると兄はみるみるうちに小さくなり、
やがて見えなくなってしまった。
なんと兄は
押し絵の美少女抱き寄せる形で
幸せそうに押し絵の中に入っていた。
それが押絵の「身上話」なのです。

凄惨な殺人事件や
奇抜なトリックといった、
乱歩特有の要素はほとんどありません。
この世のものとは思えない妖しい世界が
(それ自体が乱歩らしさなのですが)
広がっています。

そうした効果を生み出しているのが、
至る所にちりばめられた
「覗く」という行為でしょう。
「大気の変形レンズ」を通して「覗いた」
遠くの景色である蜃気楼から始まる
冒頭部の描写からしてそうです。
「私」が押絵細工の中の二人を
「生きている」と感じたのも
遠眼鏡を通して「覗いた」ときです。
間近で直接見るよりも、
離れて遠眼鏡で見たときの方が
艶めかしく感じるのですから
異様です。
そして「身上話」では、
男の兄が美少女と出会ったのが
やはり遠眼鏡越しに「覗いた」ときです。
兄がこの世から消え去り、
押絵の世界に入り込んだのも、
男が遠眼鏡を逆さにして「覗いた」から。
この世と乖離している世界が、
「覗く」ことで
現世と繋がっているのです。

本作品発表は昭和4年(1929年)です。
その2年前に
アメリカでトーキーが実用化され、
「映像」に対して世の中の
注目が集まっていた時代と考えられます。
そうした時期に、
文学の世界できわめて視覚的な
効果を施した本作品は、
まさに時代の最先端を
走ったものといえるのでしょう。

さて、
本作品発表から来年で90年となる現代、
生身の女性を愛することができずに、
アニメやゲームに登場する
二次元の美少女に夢中になっている
若者のなんと多いこと。
これも「画面」を通して別の世界を
「覗いて」いることなのでしょう。
あたかも乱歩が、
90年先を見越して作品を書いたかのように
思えてきます。
もしかしたら現代こそ、
本作品が最も受け入れられやすい
時代なのかも知れません。

(2019.1.5)

【青空文庫】
「押絵と旅する男」(江戸川乱歩)

※乱歩作品の記事です。

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