視覚情報が読み手に新しい気付きをもたらす
「乙女の本棚シリーズ(既刊7冊)」立東舎

とうとう勤務校の図書室から
本シリーズを一冊一冊すべて借りだし、
当ブログで紹介することができました。
今日はそれらをまとめてみます。

「女生徒」(太宰治)(絵:今井キラ)
特徴の一つめはタッチの繊細さ。
女性らしい実にきめ細やかに
描かれたイラストです。
二つめは淡い色使い。
自分の気持ちすらはっきり表せない
曖昧模糊とした「私」の感覚と
うまく対応しています。
そして三つめは少女の無表情。
「私」は外見的には無表情に近く、
ときどき愛想笑いをしている
程度だったのではないかと
推察されます。

「猫町」(萩原朔太郎)(絵:しきみ)
幻想的なイラストによって、
原文の病的なイメージが薄れ、
メルヘンチックな衣装をまとって
作品がリニューアルしたような
錯覚を受けます。
もともと本作品は
萩原朔太郎の独特な表現が
理解を難しくしていました。
その難解な文章の連続を短く区切り、
イラストが添えられているだけでも、
若い人にとっては
ほっとするのではないでしょうか。

「葉桜と魔笛」(太宰治)(絵:紗久楽さわ)
時代物のイラストが得意である
紗久楽さわさんが描く和服姿は、
作品としっかり融合しています。
押さえつけられていても
なお溢れ出る若さが、
イラストで的確に表現されています。
病で命を失った妹の無念さが、
強く読み手に伝わってきます。
また、太宰があえて具体的に
書き表さなかった部分が、
情報量としては過不足なく
描出されているのも特徴です。

「檸檬」(梶井基次郎)(絵:げみ)
私は本作品について何か重苦しい
モノトーンの印象を抱いていました。
しかし、本書を見ると、
実に色彩豊かに
綴られていることに気付きます。
色彩の鮮やかさに気付きにくいのは
沈鬱なモノトーンの文章によって
色彩が覆われているからです。
美しいものとそうでないものの混在。
それが本作品の特徴なのです。
本書はその「美しいもの」を拾いあげ、
読み手の前に明瞭に提示しているのです。

「押絵と旅する男」(江戸川乱歩)(絵:しきみ)
特筆すべきは
繊細な構図と豊かな色彩感でしょう。
美少女がなんとも細々とした
装飾品を身に付け、
色艶やかな振り袖をまとっています。
作品の本質を十二分にくみ取り、
乱歩という特異性と
昭和の時代の古風な彩りを
先鋭な感覚で濾過し、
現代に再現した本書は、
まさに文学とCGイラストの
幸福な邂逅と呼ぶべきものでしょう。

「瓶詰地獄」(夢野久作)(絵:ホノジロトヲジ)
驚くべきことに、
描かれている絵はほとんど
筋書きと合致していません。
イラストは本作品の理解を
助けるための挿絵としては
全く用をなさないのです。
それでいてそのイラストの
目も眩むほどの艶やかさ。
面妖でありながらも美しい。
よくわからないものの、
本作品の怪しげな雰囲気だけは
存分に伝わってきます。

「蜜柑」(芥川龍之介)(絵:げみ)
書き出しのモノトーンから、
最高点で鮮烈な橙色が現れる。
そんなイメージを持っていました。
しかし「或曇った冬の日暮」ですから、
白黒ではなく
くすんだオレンジ色なのです。
それが山場にさしかかると
明瞭な橙黄色へと変化するのです。
書かれてあるテキストから
どんな情景をイメージとして
自分の脳の中で再現するか。
その難しさを思い知らされます。
どんな情景をイメージとして
自分の脳の中で再現するか。
思い込みや誤解によって
正しく焦点が合わないこともあります。
それまでの経験値や趣味嗜好によって
バイアスがかかることもあります。
一つの作品についての見識を
友人と語り合うなどということが
難しくなっている現代、
文学作品に対する
自分の捉え方の狭量さに
気付かないまま過ごしてしまうことが
多いのではないでしょうか。
本シリーズは、イラストによる
視覚情報が加わることによって
読み手に新しい気付きをもたらします。
乙女の本棚シリーズ全7冊、
乙女のあなただけでなく、
中学生高校生、
そして大人のあなたにお薦めします。
などと書いた後にネットでチェックしたら、
今月もう2冊新たに出版されていました。
「夢十夜」(夏目漱石)
「外科室」(泉鏡花)です。
すでに学校司書さんにお願いして
図書室に入れてもらいました。
来月にも取り上げたいと思います。
(2019.1.12)
