「外科室」(泉鏡花)①

「滅び」の何という美しさよ!

「外科室」(泉鏡花)
(「泉鏡花集成1」)ちくま文庫

友人の医師・高峰の手術を
見学する画家である「私」。
手術が始まろうとするが、
患者である女性は、
麻酔剤を打たれることを
頑なに拒む。
「私はね、心に一つ秘密がある。
麻酔剤は譫言を謂うと申すから、
それがこわくってなりません」…。

麻酔なしのまま
執刀を開始する医師・高峰。
女性はその途中、こう言って
自らの胸にメスを突き立てる。
「貴下は、私を知りますまい!」。
それに対して高峰は「忘れません」。
そしてその日のうちに
高峰もこの世を去る。

わずか15頁の短編なのですが、
読後の衝撃の大きさは超弩級です。
麻酔なしで手術を受けた女性が
メスを自分の胸に突き立てて
絶命するのですから。
理由は後半で語られます。
二人は九年前に一度、
5月の小石川植物園ですれ違い、
互いに一目惚れしていたのです。

患者である女性は、
結婚後もその思いを胸に秘め続けて
その日まで生きてきました。
それを漏らさないために
麻酔を拒んだのです。
そして現世では
叶わぬ恋であることを
悟っていたために、
高峰の手で果てることを
望んだのです。

高峰もまた、彼女への思いを
誰にも語ることなく、
恋愛も結婚もせずに
生きてきたのです。
だから後を追って自死したのでしょう。

「究極の純愛物語」として
語られることの多い作品ですが、
現代では理解が難しいものに
なってしまいました。

一目見ただけの恋を夫に知られぬよう
麻酔を断るというのは、
明治という時代を考えても
なかなか理解が難しいところです。
また、夫と娘がありながら
秘めた恋のために殉じるなど、
難病に罹っていたとはいえ
常軌を逸しています。
高峰にしても、
一目見ただけの女性への思いのために、
恋愛すらしないという生き方に
共感は難しいでしょう。
設定の多くは
「あり得ない」ことなのです。

「あり得ない」ことだからこそ、
本作品はひときわ輝いて見えるのです。
社会通念から飛躍しているからこそ、
ロマンの薫りが溢れているのです。
荒唐無稽な物語だからこそ、
恋愛第一主義の色彩が
鮮明となるのです。

それにしても、
「滅び」の何という美しさよ!
思わず感嘆せずにはいられません。
究極のロマンチシズムとも言うべき
筋書きとともに、
贅肉を極限まで削ぎ落とした
鏡花の鬼気迫る文体が、
滅びの美学をこれでもかと
提示しています。
まさに大人が味わうべき文学作品です。

(2019.1.15)

【青空文庫】
「外科室」(泉鏡花)

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