
えも言われぬ絵双紙的美しさ
「人でなしの恋」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第3巻」)光文社文庫
(「百年文庫017 異」)ポプラ社
並外れた美男子と
結婚した「私」は、
夫が夜更けになると床を抜け、
土蔵に行くことに疑惑を感じる。
闇の中、手探りで梯子段を登り、
聞き耳を立てると女の声が。
でも、土蔵から出てくるのは
いつも夫一人。
夫の逢瀬の相手は一体…。
江戸川乱歩初期の傑作短篇です。
後の作品に見られる猟奇性は
あまり感じられないのですが、
えも言われぬ耽美性に満ちています。
〔主要登場人物〕
「私」(門野京子)
…語り手。
夫・門野のまやかしの愛情に気づき、
夫の逢瀬の相手を探し出そうとする。
門野
…「私」の夫。町の名士の一人息子。
気難しいという評判。
毎晩、蔵の中へと足を運ぶ。
本作品の味わいどころ①
「人でないもの」に恋する門野
限りなくネタバレに
なってしまうのですが、
本作品について語る場合、
やむを得ないものと思います。
表題にあるとおり、
夫が恋していたのは
「人ではないもの」なのです。
「人でなしの恋、
この世のほかの恋でございます。
そのような恋をするものは、
一方では、生きた人間では
味わうことのできない、
悪夢のような、
或いは又おとぎ話のような、
不思議な歓楽に
魂をしびらせながら、
しかし又一方では、
絶え間なき罪の呵責に責められて、
どうかしてその地獄を逃れたいと、
あせりもがくのでございます。」
つまり、夫・門野が「私」を娶ったのは
罪の呵責からであり、でも、
その罪からはやはり逃れられずに、
また「人でなしの恋」に
戻っていったのです。
この、「人でないもの」に恋する男・
門野の屈折した魅力を、
まずはじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
淡々と切ない過去を語る「私」
その門野の「人でなしの恋」の
異常性を浮き上がらせているのが、
語り手「私」の
淡々とした語り口なのです。
昔話として、自らの感情を抑制し、
「私」自身が見聞きした形で、
作品には登場しない「聴き手」に向けて
ゆっくりと語っていくのです。
読み手は無意識のまま
その「聴き手」と同化し、
「私」の語る異常体験を
少しずつ自らの体験として
感じることができるような
しくみとなっているのです。
この、淡々と
切ない過去を語る「私」の昔語りを、
次にしっかり味わいましょう。
そうした作品構造と文体こそ、
本作品の色彩を
より鮮やかなものとしているのです。
いくつかのアンソロジー、
それもミステリの分野に留まらず、
純文学的アンソロジーにも
本作品が収録される
理由となっていると考えます。
本作品の味わいどころ③
えも言われぬ絵双紙的美しさ
結果として、作品全体から
絵双紙的な美しさを表出させることに
成功しています。
同時期の「鏡地獄」「芋虫」のような
偏執的な趣、
そして後年の明智ものに見られる
猟奇的な色合いとはまったく異なる、
えも言われぬ美しさが
前面に押し出されているのです。
これこそ本作品の肝であり、最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと堪能しましょう。
さて、何度読み返しても
背筋が寒くなるような筋書きです。
でも、もしかしたら、
現代にはそんな「人でなしの恋」に
走っている男性は意外と多いのかも
しれないと思ってしまいました。
「二次元の女性しか愛せない」男や
「アイドルしか愛せない」男は、
昨今、ごく普通になってきていると
感じます。
「遠くの美人より近くの〇〇」という
言葉が示していたとおり、
かつては現実的に交際できる
女性であることが
恋愛の必須条件だったはずです。
いつから生身の女性を敬遠し、
実態のない、もしくは
交際実現が限りなく不可能な女性を、
(一部の)男は
目指しはじめたのでしょうか。
いつぞや起きた、
アイドル活動をしていた女子大生が
男に刃物で刺された事件も、
ある意味「人でなしの恋」なのでしょう。
もしかしたら現代の若い男性は、
本作品を読んでも、当たり前すぎて
何ら衝撃を受けないかもしれません。
…それこそ
背筋が寒くなるようなお話です。
※江戸川乱歩の
少年探偵シリーズが好きで、
四十歳を越えてから
復刻版の全四十六巻セットを
中古で買いました。
そして、光文社文庫から出ている
江戸川乱歩全集全三十巻も
揃えています。
でも、明智小五郎の登場する
作品ばかり読んでいたため、
こんな異様で歪で不可思議な小説を
見逃していました。
(2019.1.19)
〔追記〕
再読しました。
やはり妖しいまでに美しい作品です。
何度も映像化される理由もわかります。
1995年の映画化に続いて、
今年(2022年)再び映画化されています。
また、NHK-BSで放送された
「満島ひかり×江戸川乱歩」での映像も
素敵でした。
(2022.11.27)
〔青空文庫〕
「人でなしの恋」(江戸川乱歩)
〔「江戸川乱歩全集第3巻」〕
踊る一寸法師
毒草
覆面の舞踏者
灰神楽
火星の運河
五階の窓
モノグラム
お勢登場
人でなしの恋
鏡地獄
木馬は廻る
空中紳士
陰獣
芋虫
私と乱歩 間村俊一
〔光文社文庫「江戸川乱歩全集」〕
〔「百年文庫017 異」〕
人でなしの恋 江戸川乱歩
人間と蛇 ビアス
ウィリアム・ウィルスン ポー

〔「百年文庫」はいかがですか〕
〔関連記事:江戸川乱歩作品〕



〔「人でなしの恋」収録書籍〕


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