「幸福」(中島敦)①

この下男のような幸せを求めてはいないか

「幸福」(中島敦)(「中島敦全集2」)ちくま文庫

昔、パラオのある島に
一人の哀れな男がいた。
男は島で一番貧しく、
権力者のもとで
奴隷のように使われていた上、
病に苦しんでいた。
苦労を少しでも
軽くしてほしいと、
男は島の悪神に祈った。
するとその夜から…。

悪神に祈って
下男の何が変わったか?
現実世界は何も変化しません。
しかし、
下男は祈ったその日から毎晩、
自分が権力者として振る舞う夢を
見始めたのです。
大勢の人間を使い、
豪奢な晩餐を行い、
多くの美女にかしずかれる。
しかも使用人の一人が
自分の主人そっくりの人間。
彼は現実世界で
自分が虐げられているのと
同じように、夢の中で
その使用人をこき使うのです。

するとなぜか気持ちが晴れ晴れとし、
現実の労働もさほど苦にならなくなり、
血色も回復し、
体の肉付きもよくなるのです。
現実が何ひとつ変わらなくとも、
気持ちが満たされれば
幸せになれるのです。

これを良い意味で解釈すると、
人は気持ちの持ちようで幸せになれる、
明るく前向きな気持ちを
持つことが大事なのです、
ということになるでしょうか。

でも冷静に考えたとき、
現代人(の一部)は、
この下男のような幸せを
求めているのではないかと
思ってしまうのです。
夢を自由に見ることはできなくても、
バーチャルの世界に
いくらでも浸ることが
可能だからです。

かつて私たちは
現実を生きる以外の選択肢を
持ち得ませんでした。
しかし現代では
ゲーム、アニメ、ネットを
はじめとする仮想空間が
現実の空間を凌ぐほど
大きなものになりつつあります。
仮想世界での幸せを求めることは
決して悪いことではありませんが、
気をつけなければならない面も
存在します。

いつもゲームの世界で敵を打ち倒して
勝者になっている人間が、
現実世界でも尊大な態度で
周囲を見下しているという例を
聞いたことがあります。
アニメの美少女に夢中になるあまり、
現実の女の子に興味を持てなくなった
オタク少年の話もよく聞きます。

仮想空間を私は否定しません。
しかし仮想世界に逃げ込み、
現実で果たし得なかった
欲望を達成するのでは、
人間として
みじめではないかと思うのです。
現実としっかり向き合いながら生活し、
それとともに現実の一部として
仮想空間を上手に利用する。
それが精神世界のさらなる豊かさを
得ることにつながると考えます。
仮想空間を
正しく利用したいものです。

(2019.2.9)

【青空文庫】
「幸福」(中島敦)

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