「待っている女」(山川方夫)

夫婦でさえも互いに理解し合えない心の領域

「待っている女」(山川方夫)
(「日本文学100年の名作第5巻」)

 新潮文庫

「待っている女」(山川方夫)
「親しい友人たち」)

 創元推理文庫

冬のある日曜日、
「彼」は妻と
些細なことから喧嘩し、
怒った妻は部屋を出て行く。
近所の煙草屋へ
足を運んだ「彼」は、
誰かを待っている
若い女性に気付く。
彼女は日が暮れても
ずっと誰かを待っていた。
「彼」は女に声をかけに行く…。

携帯端末の普及した現代では、
もはや「待つ」という行為自体、
消滅したと思われます。
でも、
昔は「待つ」しかなかった場面が
いくらでもあったのです。

この若い女性も
ひたすら待ち続けています。
何を待っているのか?
誰を待っているのか?
読み手と同様、
「彼」もそれが気になり、
いろいろと空想し始めるのです。

「立っていること自体で、
 なにかへの合図を
 しているのかもしれない」
「麻薬の取引にでも
 加わっているのだろうか?」
「恋人が事故に遭ったか、
 急病になったかしたのだ」

そうした空想をするのも実は、
「彼」は最も可能性の高い、
彼女が「恋人に捨てられ」たことを
想像したくなかったからなのです。

時間とともに「彼」の想像は膨らみ、
そして「不幸な彼女の姿」に
収束していきます。
意を決して
女性に忠告しに部屋を出る「彼」。
「君、あきらめたまえ」と。
彼女はしかし「彼」を無視。
そこで「彼」は初めて
2つのことに気付くのです。

一つは彼女の「待つ」意味について。
「彼女自身どうにもならぬ
 彼女の『愛』を
 忠実に生きているだけのことだ」

ここまで読むと、
「待つ」ことの持つ意味について
考えさせられる作品なのだと
早とちりしてしまいます。
ここまでほとんど
「待つ女」を観察しての
「彼」の心情変化しか
描かれていないのですから。

「彼」が気付いた
もう一つは妻のこと。
「ふと、
 妻はいつ帰ってくるのだろう
」。
「彼」の妻が帰宅したのは
夜の11時過ぎ。
この作品はそこからの
どんでん返しが読みどころなのです。

やはりネタばれは避けるべき作品です。
昨日取り上げた
「夏の葬列」と同じように、
本作品も一種の心理ミステリーです。
描かれているのは
「待つ」ことの意味などではなく、
都会の孤独。
夫婦でさえも互いに理解し合えない
心の領域があるということ。
「夏の葬列」とは違い、
最後に救いがあるのですが。

このような完成度の高い短篇を
書いた作家が埋もれているなんて。
調べてみると作者山川方夫
1965年に35歳の若さで
交通事故により
亡くなっているのでした。
存命であればさぞかし傑作短篇群を
書き綴っていたのではないかと
思われます。
半世紀前、不幸にして
この世を去った素晴らしい才能に、
合掌。

※バレンタインデーの2月14日に
 このようなタイトルで
 ブログを書くと
 誤解を受けそうですが、
 我が家の夫婦関係は
 ちゃんとうまくいっています。
 えっ、そう思っているのは
 自分だけかもって。そんな…。

(2019.2.14)

※山川方夫の作品はいかがですか。

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