「キュー植物園」(ヴァージニア・ウルフ)

風景と人間の思考を貼り合わせたコラージュ作品

「キュー植物園」(ヴァージニア・ウルフ)
(「20世紀イギリス短篇選(上)」)岩波文庫

七月のキュー植物園を
歩いている男たち女たち。
サイモンは自分と
結婚するかもしれなかった
女のことをエリーナに話す。
エリーナは昔老婆から
キスされた思い出を
サイモンに語る。
この家族連れが去ると、
次には二人の男が…。

前回取り上げた「壁の染み」同様に、
粗筋を紹介することが不可能な
ヴァージニア・ウルフの作品です。
筋書きがあるわけではなく、
植物とその周辺の風景に、
訪れた人々の会話と
意識を織り込みながら、
「キュー植物園」というものを
描いているだけなのです。
流れはおおよそ次のようになります。

①植物園の花々と葉の上を這う蝸牛
②サイモンとエリーナ一家の会話
③再び植物と蝸牛の動き
④二人の男の会話とその後の動き
⑤二人の年輩の女の会話
⑥蝸牛の動きと若い男女の会話
⑦植物園の色彩と聞こえてくる音

①③⑦における
風景や自然物の描写は詩的です。
「大量にある花弁は
 夏のそよ風にざわめき、
 ゆれうごくたびに
 赤と青と黄色の光が交叉し合って、
 その下のわずかな面積の茶色い土を、
 湿った複雑な色の陰で染めた。」

というように、目に映った映像を
忠実に文字で
再現しようとしているのです。

②④⑤⑥における人間たちの会話は、
お互いに関連のあるものではなく、
しかも植物園の風景にも関わりなく、
ただそこで
なされた(であろう)ものを
そのまま切り取って
貼り付けたかのようです。
冒頭に記した②の会話に続く
④の「霊を呼び出す機械」の会話も、
意味も必然性も感じられません。
⑤にいたっては、
「バートが、姉が、ビルが、
祖父ちゃんが、お年寄りが、
お砂糖は、お砂糖の、
小麦粉を、鰊は、青物、
お砂糖、お砂糖、お砂糖」と、
切れ切れに聞こえてきた言葉を
羅列しただけなのです。
このように、
人間の会話や思考すらも、
「キュー植物園」の風景の一部として
捉えているのです。

本作品は、①③⑦のように、
網膜に焼き付けられる
ヴィジョンを丹念に
カッティングしたものと、
②④⑤6のように、
人間の会話や思考を
ありのままに裁断したものとを、
コラージュのように貼り合わせ、
「キュー植物園」を
表現したものなのです。
それも全体像ではなく、
ある時間帯における「キュー植物園」の
ある地点での定点観測、
というべきものなのでしょう。

それにどのような意味があるか?
私のような浅学の者には
分かりません。

(2019.2.15)

PenstonesによるPixabayからの画像

※ヴァージニア・ウルフはいかがですか。

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