「渡りの一日」(梨木香歩)

自分を大切にする、群れない二人

「渡りの一日」(梨木香歩)
(「西の魔女が死んだ」)新潮文庫

渡り鳥を見にいく約束を、
親友ショウコに
すっぽかされたまい。
二人はショウコの母親の提案で
美術館へ向かうが、
途中で出会った友人を
助けるために、
郊外の体育館行きの
バスに乗り込む。
帰りのバスがないことに
気づいた二人は…。

以前取り上げた梨木香歩
「西の魔女が死んだ」に併録されている、
後日談としての一篇です。
「西の魔女」では
上の名前は登場しませんでしたが、
今回は「加納まい」と、
フルネームでの登場です。
そして「西の魔女」の終末に登場する
「ショウコ」(本作では和邇ショウコ)が
主人公となり、
物語を展開していくのです。

〔主要登場人物〕
和邇ショウコ

…細かいことを気にしない、
 おおらかな女の子。
和邇順子
…ショウコの母親。専業主婦として
 どっしり構えている。
加納まい
…ショウコの友だち。
 計画的に物事を進めるのがうまい。
藤沢隆
…ショウコ、まいの同級生の男の子。
藤沢(兄)
…隆の兄。サッカー選手。
笹島あや
…藤沢(兄)の婚約者。
 大型ダンプの運転手。

本作品の味わいどころ①
着々と魔女の力を発揮する、まい

「西の魔女」では、
まいが魔女修行を始めた頃の様子が
描かれていました。
それから二年がたち、
当然のこととして本作では、
魔女としての能力を発揮し始めている
まいの成長の様子がうかがえます。
といっても、前作同様、
超能力の類いではありません。

「規則正しい生活を送る」、そして
「自分で決める」。
この二つの魔女修行の
鍛錬のたまものでしょう、
ショウコの目から見たまいは、
自ら計画を立て、
それを着実に実行に移し、
自分のやりたいことをかなえている
人間として映っているのです。
バード・ウオッチング
→美術館見学
→バスケット観戦と、
ショウコの気まぐれによって、
まいの予定はことごとく
ひっくり返されていくのです。
それでいて最後は、偶然が重なり、
美術館で渡り鳥の絵画を見るという、
形を変えたものの計画を
達成させることができているのです。
これこそが
まいの「魔女の力」なのでしょう。
前作でまいのおばあちゃんが
まいに教え諭した
「規則正しい生活を送る」、
そして「自分で決める」、この二つを
しっかり意識して生活すれば、
運命は自然と
好転するということなのでしょう。
着々と魔女の力を発揮するまい、
そうしたまいの成長した姿を
確かめることこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
自分を大切にする、群れない二人

「西の魔女」では、
まいの友達は登場しません
(転校先でショウコと
知り合ったことのみが記されている)。
まいは不登校生徒だったため、
同じ年代の子どもたちとの関わりは
描かれていないのです。
一人であれ、
友だちと呼べるものができた、
それもまたまいの成長といえます。
まいは決して無理をしていないし、
自分らしさを失ってもいません。
友だちが少ないのではなく、
群れないのです。

そしてこのショウコという子もまた、
周囲と決してうまくいっているわけでは
なさそうです。
「西の魔女」の終末部に、
ショウコのことが綴られています。
「独特のセンスと
価値観を持った子」であり、
「歯に衣着せぬ
物言いをする子」なのですが、
それゆえか
「何となくクラスからは浮いていた」。
ショウコにとっても
やはり群れは必要なかったのです。

次々と予定を変更するショウコに、
まいもいらだちます。
そんなまいに
ショウコは言い放つのです。
「あんたはいつも
 自分の立てたプランは
 実行してきたじゃないか。
 いいじゃないか、
 一日ぐらいこんな日があったって」

お互いに異なるからこそ、
そこに学び合いが成立するのです。

ともすれば私たちは群れようとします。
群れれば安心できるからです。
しかし群れるために
自分自身の形を歪なものへと
変形させるのであれば、
それは本末転倒といえます。
大勢の群れの中に
飲み込まれるのではなく、
かといって群れと決別して
一人で生きていくわけでもなく、
自分の在り方を見失わずに
他者と共存して生きていく。
そうした二人の姿こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
生き方のモデルとなる三人の女性

二人は向かった先の体育館で、
ダンプカーを運転する女性・
あやと出会います。
「私、やりたいことは
全部トライする主義なの」と語る
あやの姿から、
まいはさらに刺激を受けます。
「これからどんどんこんな女性が
 出てくるのかもしれない、と思った。
 まいの母親とも
 ショウコの母親とも違う、
 新しい人たち。
 いつか自分たちも
 その中の一人になるのだ」

あやの考え方は間違いなく
新しい時代の生き方を反映しています。
しかし作者・梨木は、
順子に映し出されているような、
旧来の専業主婦としての生き方を
否定していません。
また、まいの母親のような
合理主義的考え方も卑下していません。
いろいろな女性の生き方・在り方を
提示しているのです。

これから社会に出る子どもたちに
必要な人生モデルが、
本作品には余すところなく
盛り込まれています。
この、描かれている女性たちから、
これからの時代の
女性の生き方を考えることこそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

「西の魔女が死んだ」とともに、
集団の中で生きにくさを感じている
現代の中学生、そして
社会の中で生きにくさを感じている
大人のあなたに、
強く薦めたい一篇です。
ぜひご賞味ください。。

(2019.2.18)

〔「西の魔女が死んだ」新潮文庫〕
西の魔女が死んだ
渡りの一日

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