「よろこびの歌」(宮下奈都)②

視点を変えると見える姿は違ってきます

「よろこびの歌」(宮下奈都)
 実業之日本社文庫

高名な音楽家を母に持つ玲は、
音大附属高校の受験に失敗し、
挫折感を抱いたまま
新設の女子校へ進学する。
2年の秋、
合唱コンクールの指揮を
任された玲は、
背を向けていた音楽と
向き合い始める。
しかし練習はなかなか進まず…。

読み始めたとき、
連作短編集とばかり
思っていたのですが、
一話ごとに語り手が変わる
長編作品でした。
第1話と第7話の語り手だけが
玲であり、
他の5話は玲の周囲の
5人の級友の視点で描かれます。

視点を変えると
見える姿は違ってきます。
「周りはみんな真っ白に
洗い上げられたシャツで、
自分だけが着古されたまま
洗い直されていないシャツ」と
自らを卑下している玲ですが、
周囲の見方は異なっていました。
「彼女は合唱コンクールの
指揮になった途端、
まるで別人のようだった。
本人はあれでも
おさえていたつもりなのだろう。
それでもどうしようもなく
漏れてくるのは
合唱、指揮、歌、音楽、
そういうものへの情熱だった。」(千夏)
「誰かの真剣を
ちゃんと受けとめるのは
ものすごく大変なことだ。」(早希)
「しなやかに腕を振り、
からだ全体で歌うように
指揮をする御木元さんからは、
光の粒が放たれるようだった。」(史香)
「そのすごさを正当に
評価せずにきたように思う。
いや、
ほんとはすごさを知っていたのに、
それに気づかないふりを
してきたのかもしれない。」(佳子)
「歌うことで何の迷いもなく
進んでいける御木元玲」(ひかり)

自分の感じている姿と、
他人の見ている姿は違う。
教育現場で見ている限り、
子どもたちはこのことに
なかなか気づきません。
自己有用感を持てずに
悩んでいる子どもたちの
なんと多いことか。
でも、周囲は案外肯定的に
見ていることが多いのです。

本作品に登場する6人が6人とも、
お互いの関わりの中から、
自分の価値を見いだしていきます。
その姿は、
思春期の子どもたちに
きっと訴えかけるものが
あると思うのです。

一話ずつ積み重ねた先に、
クライマックスの第7話があります。
静かに、しかししっかりと
登場人物たちの心が
繋がっていきます。
筋書きはちっとも熱くはないのに、
いたるところで涙が溢れて
仕方ありませんでした。

現実の合唱コンクールで熱いドラマを
繰り広げるであろう中学生に、
そして自分に自信を持てずに
悩んでいる多くの中学生に、
強く薦めたい一冊です。

(2019.2.26)

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