「本陣殺人事件」(横溝正史)

金田一耕助デビュー、傑作中の傑作。

「本陣殺人事件」(横溝正史)
(「本陣殺人事件」)角川文庫
(「日本探偵小説全集9横溝正史集」)
 創元推理文庫

旧本陣・一柳家の屋敷で
執り行われていた
長男・賢蔵と克子の結婚式。
しかし明け方近く、
新郎新婦の寝屋の離れ家で、
二人は血まみれになって
死んでいた。
そこには「三本指の男」の指紋が。
しかし犯人の逃げた形跡は
どこにもなく…。

金田一耕助のデビュー作であると同時に
横溝正史の最高傑作の一つである
本作品「本陣殺人事件」。
金田一ものの中では
やや地味な印象を受ける作品ですが、
じっくりと読み込むと、
緻密に積み上げられた
堅牢な建築物のような
作品構成が見えてきます。
味わいどころのキーワードは
「密室殺人」「人物設定」
「おどろおどろしさ」です。
では、どんな事件が展開されるのか?

【事件簿File-001「本陣殺人事件」】
〔依頼人〕
久保銀造
…米国で成功した果樹園経営者。
 一柳家元小作人。
 金田一のパトロン的存在。
〔捜査関係者〕
木村刑事…岡山県警刑事。
磯川警部…岡山県警警部。
〔事件報告者〕
「私」
…語り手。探偵小説作家。
 岡山疎開中に聞き及んだ
 「妖琴殺人事件」を小説化する。
※本作品は入れ子構造となっており、
 額縁部分である
 冒頭部および最終章の語り手。
F医師
…事件を担当した監察医。
 終末部では覚え書きの語り手となる。
〔事件関係者〕
一柳賢蔵
…一柳家当主で学者。気難しい性格。
 四十歳。第一の事件で死亡。
久保克子
…銀三の姪。賢蔵と結婚した。
 女学校教師だった。
 第一の事件で死亡。
一柳糸子
…賢蔵の母親。旧本陣・一柳家の
 威厳を重んじる刀自。
一柳隆二
…謙蔵の弟。一柳家次男。医師。
 大阪の病院に勤務。
 事件後に帰郷したが、その前日に
 到着していたことが発覚する。
一柳三郎
…謙蔵の弟。一柳家三男。二十五歳。
 探偵小説マニア。第二の事件で
 斬りつけられ重傷を負う。
一柳鈴子
…一柳家次女。十七歳。
 琴の高い技能を持つ。夢遊病。
一柳良介
…一柳家分家主人。賢蔵の従兄弟。
 三十八歳。
 一柳家の財政を切り盛りしている。
お直お清源七
…一柳家の使用人。
周吉
…一柳家の小作。水車小屋を管理。
田谷照三
…かつて克子と交際していた怪しい男。
白木静子
…女学校の教師で克子と親友。
 克子からの二通の手紙を持参。
一柳作衛
…糸子の夫。故人。
 日本刀で刃傷沙汰を起こし死亡。
一柳隼人
…良介の父。
 故人。軍役中に日本刀で割腹自殺。
「三本指の男」
…謎の怪人。
 婚礼の夜、一柳家を訪れる。
〔事件の発生〕
昭和12年11月(岡山県)
〔事件の概要〕
11月23日
・三本指の男、現る。
11月25日
・賢蔵・克子の婚礼。
11月26日
・午前4時頃、第一の事件発生、
 賢蔵・克子、死体で発見される。
・現場は密室状態、
 三本指の男の指紋あり。
11月27日
・金田一耕助、一柳家到着。
11月28日
・明け方近く、第二の事件発生、
 三郎斬りつけられ重傷。
・日中、第三の死体発見。
・夜、金田一、事件の真相を報告。

本作品の味わいどころ①
日本家屋では難しい密室殺人

密室殺人のトリックの難しさについては
本作品中にも記されています。
ところが隙間だらけの日本家屋での
密室殺人の設定は、西洋のそれとは
比べものにならないくらい
難しいのです。
それを成し遂げた
緻密なトリックの構成は、
見事というしかありません。

しかも探偵小説マニアの三郎を
登場させ、
金田一と密室論議をさせることにより、
密室殺人がいかに困難を極めるか、
そしてこの事件が
いかに難事件であるかを、
読み手にさりげなく伝えているのです。

二人の密室論議で
取り上げられているのは、
ルルーの「黄色の部屋」
カーの「帽子蒐集狂の秘密」
「プレーグ・コートの殺人」と、
実際の探偵小説を
引き合いに出しています。
これがただの雑談で終わらず、
金田一の捜査の
一つとなっているのですから、
読み終えた後には
ただただ驚くばかりです。

事件の真相が
金田一によって証明される場面は、
手に汗がにじむような
緊迫感に満ちています。
密室殺人の謎が、金田一によって
明快に解き明かされるのです。
この、完璧なまでに創り上げられた
密室殺人のトリックおよび
それを引き立たせる
作品構造上の仕掛けこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

ちなみに、その三郎の部屋の描写は
以下のようになっています。
「そこには内外のありとあらゆる
 探偵小説が
 網羅されているのであった。
 古いところでは涙香本から始まって、
 ドイル全集、ルパン物、
 更に博文館や平凡社から発行された
 翻訳探偵小説全集、
 日本物では江戸川乱歩、小酒井不木、
 甲賀三郎、大下宇陀児、木々高太郎、
 海野十三、小栗虫太郎と、
 そういう人たちの著書が、
 一冊あまさず
 集められているばかりでなく、
 未訳の原本、エラリー・クイーンや
 ディクソン・カー、
 クロフツやクリスチー等々々、
 まったくそれは
 探偵小説図書館といってもいいほどの
 偉観であった」

探偵小説好きなら、
想像しただけでワクワクするはずです。

本作品の味わいどころ②
誰もが疑わしい人物設定の妙

犯人がすぐ分かるような作品は
ミステリとはいえません。
誰もが皆、犯人らしいふるまいを
するからミステリなのです。
本作品も登場人物すべての挙動が
不審です。
そして事件の真相は
意外な方向へと向かいます。

しかも本作品の場合、
自ら犯行に関わったというよりも、
やむを得ずとった行動が
疑いを招く結果になった者や、
自らの行為が偶然にも
犯行を複雑化させる
結果となってしまった者など、
「犯行への意図しない関与」が
多数を占めるのです。
その結果、一柳家の全員が
見事なまでに何らかの形で
「事件の複雑化」に関わっているのです。

そして殺人事件が起きるには、
それ相応の理由が必要です。
「動機」はミステリーの
重要な構成要素です。
このような複雑なトリックを
駆使してまで
殺人を犯す必要があったのか?
金田一が解き明かした事件の背景は、
まさにその点で
納得できるものとなっています。
事件が起きざるを得ない人物設定と
なっているからなのです。

この、誰もが疑わしい人物設定および
「犯行への意図しない関与」こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

INDEX 金田一耕助の事件簿

本作品の味わいどころ③
装飾されるおどろおどろしさ

横溝の後期作品、それも長編作品、
特に岡山県ものの特徴は、
何といっても「おどろおどろしさ」です。
過剰なまでに「おどろおどろしさ」が
装飾されています。
元本陣という華々しい家柄と
昭和の成り上がりの一家の結婚という
設定、
これは何か起きるのではという
波乱を予感させます。
一柳の本家分家それぞれの先代当主が、
これまで忌まわしい
死に方をしていたという背景、
ここにも恐ろしい因縁が
横たわっているような雰囲気が
醸し出されています。
「三本指の男」という
奇っ怪な登場人物の登場、
これは戦前の横溝の
由利・三津木シリーズで顕著だった
「化け物キャラ」です。
白木静子が持参した手紙に
記されてあった謎の人物「T」の存在、
一柳家だけでなく、
克子サイドにも何やら不安の影が
ちらついていたことを示しています。
単なる刃物ではなく日本刀、
事件前にかき鳴らされる妖しい琴の音、
珍しく雪の降り積もった
事件当夜の天気、
これでもかとまでに繰り出される
「おどろおどろしさ」は、
金田一シリーズの幕開け、そして
戦後の横溝の本格探偵小説執筆開始に、
まさにふさわしい
演出となっているのです。
この、作品全編に漂う
「おどろおどろしさ」こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

「獄門島」や「八つ墓村」、
「犬神家の一族」のような
華々しさこそありませんが、
本作品はまさにそれら金田一シリーズの
出発点となるものであり、
かつ頂点をなす作品の一つなのです。
未読の方はぜひご一読を、
そして既読の方もこれを機会に
ぜひ再読を。
何度読んでも味わい深い、
横溝正史の傑作中の傑作です。

(2019.3.10)

※本記事は、2022年6月に再読の上、
 再投稿、今回更に再読し、
 内容を大幅に修正した上で
 再々投稿しています。

(2025.8.24)

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(2025.9.4)

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「車井戸はなぜ軋る」

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探偵小説
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百日紅の下にて
獄門島
車井戸はなぜ軋る
 王道の人 栗本薫
 横溝正史年譜 中島河太郎編
  編集後記

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「悪霊島」
「火の十字架」
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