「双頭の船」(池澤夏樹)②

さて、では、主人公は誰なのか?

「双頭の船」(池澤夏樹)新潮文庫

前回、この物語の主人公は
船であると書きました。
では、
人に存在感がないかといえば、
決してそうではありません。
個性的な登場人物ばかりです。

まずは第1章、
動物たちを本来の野生の姿に
戻そうとする活動家のベアマンと
彼に惹かれる女性・千鶴が
登場します。
異様な獣臭をたどってみると、
男が檻に入った熊を
自室へ運び込もうとしていた…。
2人の衝撃的な出会いです。

第2章で、
いよいよ後のさくら丸となる
船「しまなみ8」が登場します。
そして恩師に指示されるがままに
乗船する自転車修理工の知洋。
そして知洋の助手となる才蔵。
さらには正体不明の船長。
舞台と最重要な役者がそろいます。

第3章で千鶴が乗船します。
そして動物の霊を
穏やかに成仏させる獣医ヴェットが
参入します。
震災で命を失ったペットたちは
野生の動物と違い、
あの世へ渡るのが下手であり、
その背中を押すのが
ヴェットの役目なのです。

第4章では
錠前破りの専門家・金庫ピアニストが、
窃盗団から追われた末、
船に辿り着きます。
そしてもう一人、
船に仮設住宅建設を訴え、
荒垣源太郎が乗り込んできます。
彼は後に自由航行主義を主張、
独立国家を建設します。

第5章では
知洋の恩師・風巻先生の登場です。
船内で沖縄バナナの
栽培にいそしみます。
また仮設住宅の街では、お互いに
連れ合いと子ども一人を失った
及川一家と熊谷一家が
一つの家族として再生します。

第6章では
満を持してベアマンが再登場、
乗船します。
そして千鶴と再会を果たします。
何とオオカミ数匹を引き連れて。

さて、では、主人公は誰なのか?
知洋か?船長か?
千鶴か?ベアマンか?

鍵は第7章にあります。
夏祭りに出演したペルーの音楽隊が
最期の曲を奏で終わると、
楽隊は船尾から海面へ降り、
水上を沖へと向かいます。
それに続いてたくさんの人が
音楽に導かれて船を去ります。
幻想的な光景です。
海に消えた人々。
彼等は震災で亡くなったものの
魂がまだ現世に
残っていた人たちなのです。
船の住人たちの亡くなった肉親。
普段は見えないけれども、
いつもそこにいるような気がする。
幽霊でも亡霊でもなく、
ごく自然にそこに存在する魂。
その魂たちが浄化されていくのです。
私には、この人たちが
本作品の主役であるような
気がしてならないのです。

最終章第8章で、
ついに船は半島と化します。
不思議な船とその住人が織りなす
復興と祈りの物語です。
3.11への追悼として取り上げました。

(2019.3.11)

Image by dimitrisvetsikas1969 on Pixabay

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