「人の生と死」に真正面から向かい合った児童文学
「キップをなくして」(池澤夏樹)角川文庫
東京駅構内で「駅の子」として
暮らすことになったイタル。
気がかりなのはいつも元気がない
女の子のミンちゃん。
「なんでご飯を食べないの?」という
イタルの問いに彼女は
「私、死んでるの」と答える。
衝撃を受けたイタルは…。
前回、本作品について、
単なる「異世界迷い込み小説」と
見るべきではなく、
子どもたちの本当の意味での
学びの姿の提示と
捉えるべきであることを記しました。
実はそれだけではありません。
「人の生と死」に
真正面から向かい合った
作品でもあるのです。
ミンちゃんは、
イタルたちと同じように
「駅の子」として生活している
8歳の女の子ですが、
他の子どもたちとちょっと違います。
何も食べずに生活しているのです。
実は彼女は不幸にして鉄道事故で
命を亡くした子なのです。
成仏することができずに
現世に止まっている、
いわば幽霊です。
物語の後半は、
ミンちゃんが現世に別れを告げ、
天国へと旅立つ決意をするまでが
描かれています。
ミンちゃんを見守る駅長と
グランマの口を借りて、
作者・池澤は自身の「死生観」を
語っているのです。
駅長は自らの
生き方と死に方を振り返って、
子どもたちに「死の在り様」を
伝えようとします。
「現世から預かってきたものを返して、
他のたくさんの魂と一緒になって
しばらく暮らし、
互いに混じり合う。
やがて自分は自分だという
気持ちが薄くなって、
ぜんたいの中に溶け込んで、
長い歳月の後、
別の生命となって
また生まれ変わる。」
ミンちゃんのグランマは、
死者として
人間の心の姿を話して聞かせます。
「人の心はね、
小さな心の集まりからできているの。
たくさんたくさん
小さな心が集まって、
一人の人の心を作っている。
だから人が何か決める時は、
その小さな心が会議を開いて
相談したり議論したりして決める」。
そしてミンちゃんは
自らの死を受け入れます。
「他の子には何十年もの
人生があるのにと思った。
でも今はわかります。
みなこの心の中の会議が
円満に終わって、
八年の生命を
八年分として受け取って、
不満もなく向こう側へ行くのね」。
ミンちゃんが自分の死を
イタルに話す場面、
ミンちゃんがイタルとともに
ママに会って別れを告げる場面、
ミンちゃんがグランマとともに
旅立つ場面。
涙がこぼれて止まりません。
人生の折り返し地点を越えた私などは、
否応なく考えざるを得ないのです。
「自分は死ぬ間際に
納得できるように、
人生を生き切っているのだろうか」と。
児童文学でありながらも
「人の生と死」に
果敢に切り込んだ本作品、
中学生に強く薦めたい一冊です。
(2019.3.13)