「双仮面」(横溝正史)

本作品は様々な点で二つの顔を持っている

「双仮面」(横溝正史)
(「双仮面」)角川文庫
(「由利・三津木探偵小説集成3」)
 柏書房

富豪・雨宮万造の所有する、
巨大なダイヤを設えた
黄金の模造船。
それを狙う怪盗・風流騎士から
犯行予告が届く。
屋敷の内外を固めた
警察官を尻目に、
風流騎士はいつの間にか
邸内に忍び込み、
万造を殺害し、
ダイヤを奪っていった…。

横溝正史の戦前(昭和13年発表)の
中篇作品です。
一瞬、これは少年向け
推理ジュブナイルか?と
思ってしまいました。
希少な財宝、犯行予告、
変装による侵入、
まさに怪人二十面相の世界です。
しかし、所有者を殺害してまで
財宝を奪い取る手口は
スマートではありません。
やはり大人のミステリです。
実は表題「双仮面」が示すとおり、
本作品は様々な点で
二つの顔を持っているのです。
その二面性こそが本作品の
味わいどころとなっているのです。

【事件簿21 「双仮面」】
〔事件捜査〕
由利麟太郎…私立探偵。
等々力警部…警視庁警部。
〔事件関係者〕
雨宮万造
…日本一の船成金。
 黄金で帆船模型を造る。殺害される。
雨宮千晶
…万造の孫。二十一歳。
 才色兼備、気丈な令嬢。射撃が得意。
雨宮恭助
…万蔵の孫。千晶の従兄。
お清
…雨宮家の老女中。
アリ殿下
…アラビヤの小国の王族。
 非公式に来日。
 正式名はアクメッド・アリ・ハッサン・
 アブダラア。
モハメット
…アリ殿下の従者。
歌川鮎子
…東都劇場の看板歌手。
緒方絹代
…東都劇場の座員。客席で殺害される。
志賀観月
…貧乏画家。
 風流騎士にダイヤを狙われ、
 由利に相談を持ち掛ける。
志賀観風
…貧乏画家。観月の弟。
柚木薔薇
…万造を殺害したらしい男。
 風流騎士の正体と目されている。
 何故か恭助と瓜二つ。
風流騎士
…謎の紳士怪盗。
 犯行後、薔薇の花を残す習慣あり。
ヴェールの夫人
…謎の女性。
 風流騎士の仲間と思われる。
〔事件の概略〕
第1の事件
・黄金船の警護中、万造、殺害される。
・風流騎士、千晶に脚を撃たれ、
 現場から逃走。
・恭助、昏睡状態で発見。
第2の事件
・千晶、謎の女性から
 東都劇場に呼び出される。
・謎の女性、すでに死体に。
 正体は緒方絹代。
・鮎子に絹代殺害容疑、鮎子逃走。
・アリ殿下、劇場内で怪しい行動。
第3の事件
・雨宮邸本宅のほかに同じ造りの
 別宅があることが判明。
・別宅で鮎子の死体発見。
・別宅に潜んでいた柚木、
 千晶を拉致して逃走。
第4の事件
・志賀、由利にダイヤの警備を依頼。
・恭助、風流騎士のアジトに侵入。
・由利、恭助、風流騎士、対決。
第5の事件
・最後の殺人事件発生、犯人自害。

本作品の味わいどころ①
主要人物の善悪が「双仮面」

由利麟太郎シリーズといえば、
化け物キャラの登場が
定番となっています。
表題からして
「双仮面」なる化け物キャラが
悪事をはたらくのかと思いきや、
現れるのは怪盗「風流騎士」。
この怪盗がなかなかに曲者です。

風流騎士は万造の孫・恭助に変装し、
万造の邸宅に侵入します。
まるで横溝ジュヴナイルの白蠟仮面や
乱歩の二十面相と同じ手口です。
しかしその恭助も、いたる場面で
怪しい挙動が見られるのです。
風流騎士と恭助は明らかに別人であり、
同一人物ではありません。
風流騎士と恭助、
どちらが善でどちらが悪か、
またはどちらも悪なのか。
判断がつかない「双仮面」です。
この主要人物二人の
善悪を見極めることこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
ヒロインの性格が「双仮面」

本作品を彩るのは
万造の孫娘の千晶です。
風流騎士に祖父・万造を殺害され、
さらには自身も拉致され
行方不明になるなど、災難続きです。
その部分だけ読めば、
いたいけなヒロインという印象ですが、
決してそうではありません。
気丈な性格であり、
事件に積極的に関わろうとします。
しかもなんと
ピストルを狙い撃つ場面もあります
(なぜか射撃には自信があるという)。
決してか弱い女性ではなく、
スーパー・ウーマンともいえる
性格を持っているのです。

また、この千晶の感情は
激しく揺れ動きます。
従兄の恭助にも
疑いの視線を向ける一方、
挙動不審なアリ王子にすら
親近の情を見せるのです。
何でもできる性格と揺れ動く感情。
理解の難しい「双仮面」です。
この個性の強いヒロインの
行動を予測することこそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

由利・三津木の事件簿

本作品の味わいどころ③
作品世界の設定が「双仮面」

相次いで殺人事件が起きている以上、
ジュヴナイル風の部分はあるのですが、
大人向けのミステリであることは
間違いありません。
風流騎士なる怪盗が登場しますが、
ルパンのような
格好をしているわけではありません。
恭助に変装しますが、もともと
瓜二つであることが判明します。
そもそも
化け物キャラなどではないため、
由利シリーズの初期作品に比べると、
かなり落ち着いた存在です。

その一方で、物語はあたかも
少年探偵団ばりのジュブナイルの様相で
展開していきます。
予告状を出しての犯行、
これ見よがしのお宝、
曲芸的な逃走劇、
盗み取ろうとする者の首を
自動で締め上げる仏像など、
ジュヴナイル仕様の
アイテムばかりです。
さらに本作品で使用されている設定は、
戦後そのままジュヴナイルに
流用されているものが多いのです。
「アリ殿下」は、
長ったらしい本名と
従者モハメットとともに、
「白蠟仮面」に受け継がれました。
「まぼろしの怪人」にも登場しています。
「まったく同じ構造の二つの屋敷」は、
「迷宮の扉」「大迷宮」
活用されています。
「自動で首を締め上げる仏像」も
何かに使われていたような…。

大人のミステリーなのか、それとも
子ども向けジュヴナイルなのか。
判別に戸惑う「双仮面」です。

これは作者・横溝が
巧妙に仕掛けた罠であり、
それぞれどちらが本当の顔なのか、
分からないしくみになっているのです。
終末部分でやっとその意味が
解き明かされます。
そしてめでたしめでたしと思いきや、
最後の最後には、再び
大どんでん返しが待ち構えています。
この性格不明な作品を、
まるごと受け止めることこそが、
本作品の最大の
味わいどころとなるのです。
たっぷりと味わいましょう。

名探偵は由利麟太郎ですが、
本作品はいつもの相棒・
三津木俊介が登場せず、
代わって
金田一耕助シリーズでおなじみの
等々力警部がサポートします
(単なる引き立て役に過ぎませんが)。
これもある意味「双仮面」です。
ぜひご賞味ください。

(2019.3.17)

〔角川文庫「双仮面」〕
双仮面
鸚鵡を飼う女
盲目の犬

「盲目の犬」

〔「由利・三津木探偵小説集成3」〕
双仮面
猿と死美人
木乃伊の花嫁
白蠟少年
悪魔の家
悪魔の設計図
銀色の舞踏靴
黒衣の人
仮面劇場

「白蠟少年」
「銀色の舞踏靴」

〔関連記事:由利・三津木シリーズ〕

「白蠟変化」
「花髑髏」

〔柏書房「由利・三津木探偵小説集成」〕

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