「車井戸はなぜ軋る」(横溝正史)

「犬神家の一族」を彷彿とさせる重厚な構造

「車井戸はなぜ軋る」(横溝正史)
(「本陣殺人事件」)角川文庫

(「日本探偵小説全集9横溝正史集」)
 創元推理文庫

K村の名家・本位田家の
長男・大助が、
両眼を失った状態で
戦地から帰還した。
あれだけ明るく
思いやり深かった大助だが、
復員後は人が変わったように
暗く陰湿な性格になっていた。
祖母・槇、妻・梨枝、
妹・鶴代は、ある疑いを抱く…。

「本陣殺人事件」に併録されている、
わずか八十頁弱の中篇なのですが、
名作「犬神家の一族」を彷彿とさせる
重厚な構造は
読み応えがあります。
横溝正史の傑作の一つに数えられる
逸品です。

【事件簿File-004「車井戸はなぜ軋る」】
〔依頼人〕
※依頼人に関する記述なし。
 おそらくは警察等の要請により
 事件の再調査に
 着手したと考えられる。
〔捜査関係者〕
※警察関係者は直接登場せず。
〔事件関係者〕
本位田弥助
…故人。維新当時の本位田家当主。
本位田庄次郎
…故人。弥助の嫡男。
本位田槇
…庄次郎の妻。
 亡夫に代わり本位田家を支える。
 事件当時存命。
本位田大三郎
…故人。庄次郎の嫡男。二重瞳孔
本位田大助
…大三郎の長男。戦傷で義眼となる。
本位田梨枝
…大助の妻。
 帰宅した夫に恐れを感じる。
本位田慎吉
…大三郎の次男。結核患者。
 療養所生活だが、月に一二度、帰宅。
本位田鶴代
…大三郎の長女。大輔・慎吉の妹。
 頭脳明晰な少女。心臓病で病弱。
お杉
…本位田家老下女。転落死する。
鹿蔵
…本位田家下男。白痴気味。
秋月善太郎
…故人。没落した秋月家の当主。
 井戸で自殺。
秋月柳
…善太郎の妻。大三郎と関係した。
 夫の一周忌に井戸で自殺。
秋月りん
…善太郎と柳の娘。伍一の姉。
秋月伍一
…大三郎と柳の息子。大助と異母兄弟。
小野宇一郎
…没落した小野家当主。
小野咲
…宇一郎の後妻。
小野昭治
…宇一郎と先妻の息子。
 家出。脱獄した。
「私」
…語り手。冒頭部分にのみ登場、
 金田一から事件資料と
 本位田鶴代の書簡等を受け取る。

〔事件発生〕
昭和21年9月(岡山県・K村)
〔事件の概要〕
7月3日
・大助、復員。戦傷により両目が義眼。
8月23日
・大助の手形を記した絵馬を
 受け取りに出たお杉が
 崖から転落死。
8月29日
・本位田家に不審者侵入、正体不明。
9月2日
・明け方、梨枝斬殺死体で発見。
・夕刻、大助、自宅井戸から胸を
 短刀で刺された状態の遺体で発見。
9月9日
・容疑者・小野昭治逮捕。
10月7日
・鶴代、真相究明。
10月15日
・鶴代、心労により死亡。
10月15日以降(詳細不明)
・金田一耕助、本位田慎吉と会見。

本作品の味わいどころ①
一族にまつわる重層的因縁

本位田家は同じく栄えていた
小野家・秋月家の財産を吸収する形で
肥大していったのです。
特に秋月家は、
先代当主・善太郎が妻・柳を、
大助の父・大三郎に寝取られた結果、
善太郎・柳が相次いで
車井戸に投身するなど、
怨念が積み重なっているのです。

そうして大三郎との不義の末に生まれた
秋月伍一は、大助と瓜二つ。
違いは大助が二重瞳孔であることのみ。
一方は本位田家の嫡男として
何一つ不自由なく生活し、
他方は貧しさにあえぐ暮らしを
送らざるを得ないのです。
何も起きない方が不思議です。
この、事件が起きざるを得ない状況に
関係者が陥ってしまうような、
一族にまつわる重層的因縁こそ、
本作品の第一の
味わいどころとなるのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
戦争が狂わせた双子の運命

この大助と伍一がそろって召集され、
同じ部隊に入隊するのです。
終戦を迎え、伍一は戦死、
大助は戦傷を負い、
両眼を奪われ帰還します。
ここからが本作品の肝なのです。
果たして復員してきたのは大助なのか、
それとも…。
このあたりはまさに「犬神家の一族」の
佐清と静馬の関係と同じです。

しかしその後の結末は異なります。
だからこそ横溝は本作品を
金田一シリーズに転化させても
かまわないと判断したのでしょう。
この、戦争が狂わせた双子の運命こそ、
横溝の真骨頂であり、
本作品の大きな
味わいどころとなっているのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
金田一耕助の重厚な存在感

物語はすべて鶴代が
もう一人の兄・慎吉に宛てた
手紙で進行していきます。
その手紙がそのまま鶴代の
事件捜査手記となっているのです。

したがって、本作品は
金田一耕助の登場場面は限定的であり、
しかも事件には関与していません。
金田一は冒頭部の作者による紹介と、
鶴代に替わって綴られた
最後の慎吉の書簡に、
登場するのみだからです。
金田一作品中、
最も金田一の登場場面の少ない作品と
なっているのです。
それでありながら、
金田一の存在感の大きさに
圧倒されます。

真相を知った金田一は、
あえて事件に関与せず、
関係者の身辺が落ち着くまで
捜査を猶予した(おそらく
協力依頼された捜査を
自ら中断したと考えられる)のです。
金田一の人柄の滲み出ている、いかにも
金田一らしいエピソードであり、
重厚な存在感を発揮し、
物語の幕を閉じさせているのです。
この、僅かな登場場面にもかかわらず、
重厚な存在感を発揮する
金田一耕助の探偵像こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

金田一耕助の事件簿

中篇作品でありながら、
「犬神家の一族」「獄門島」
「八つ墓村」といった傑作長篇に
引けを取ることのない
味わい深い作品です。
ぜひご賞味ください。

(2019.3.24)

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(2025.3.20)

〔作品の位置づけに関して〕
「獄門島」を中心に、
金田一耕助の足どりをたどると、
以下のようになります。
「本陣殺人事件」:昭和12年
※金田一、戦争へ応召
②金田一、復員。東京へ向かう。
 「百日紅の下にて」:昭和21年。
 解決後、その足で獄門島へ向かう。
「獄門島」:昭和21年。
④獄門島事件解決後、岡山県K村へ。
 「車井戸はなぜ軋る」:昭和21年。

〔「本陣殺人事件」角川文庫〕
本陣殺人事件
車井戸はなぜ軋る
黒猫亭事件

〔「日本探偵小説全集9横溝正史集」〕
鬼火
探偵小説
本陣殺人事件
百日紅の下にて
獄門島
車井戸はなぜ軋る
 王道の人 栗本薫
 横溝正史年譜 中島河太郎編
  編集後記

〔関連記事:金田一耕助シリーズ〕

「魔女の暦」
「日時計の中の女」
「スペードの女王」

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