
キーワードは「発見」、「普通」、そして「希望」。
「走れ、セナ!」(香坂直)講談社文庫
足の速さに自信のあったセナは、
運動会で一ノ瀬に負けてしまう。
彼女はクラブチーム所属で、
全国大会四位の選手だった。
セナは次の競技会で
彼女に追いつくことを目標に
練習を始める。
ところが顧問の産休により
陸上部が解散に…。
セナは小学校五年生の
陸上競技部員の女の子。でも
筋書きは陸上競技そのものではなく、
「クラスの人間関係」と
「吉田家の親子関係」に
重点が置かれています。
香坂直の「走れ、セナ!」は、
よくあるスポ根ドラマではないのです。
〔主要登場人物〕
「あたし」(吉田セナ)
…語り手。小学校五年生。
陸上競技部所属。
「お母さん」
…「あたし」の母親。シングル・マザー。
翻訳の仕事をしている。
吉田悟
…「あたし」の叔父。「あたし」には
「サトルくん」と呼ばせている。
石丸潔
…「あたし」の父親。
悟の高校時代の親友。
オカマッチ(岡町雄太)
…「あたし」と同じ班になった男の子。
体格が小さい。
田中
…「あたし」と同じ班になった男の子。
太っている。
インチョウ(早坂)
…「あたし」と同じ班になった女の子。
私立中学進学のために勉強を頑張る。
佐々木、宮本(大輔)
…小学校五年生の陸上競技部員。
一ノ瀬理央
…小学校の陸上部ではなく、
クラブチーム所属。
全国大会四位の実績。
彩音
…「あたし」の友だち。お嬢様。
根岸
…綾音の好きな男の子。
黒部
…「あたし」の好きな男の子。
ドキリンコ(桐野洋子)
…「あたし」の学級担任。
新任であり、おどおどしている。
坂上
…陸上部顧問だったが、産休に入る。
南
…サッカー部顧問の教師。
本作品の味わいどころ①
クラスの人間関係、キーワードは「発見」
「クラスの中の人間関係」を描いた
部分でのキーワードは「発見」です。
何を「発見」するのか?
もちろんクラスメイトの
「良いところ」です。
子どもたちの人間関係は
固定化しやすいものです。
だからときどき
「かき混ぜる」必要があります。
そのための席替えなのですが、
子どもたちにとっては
仲のいい友達のそばになれるかどうかの
勝負であり、
それが「くじ引き」ともなれば、
その結果に一喜一憂するのは
よくあることです。
そのあたりの小学生の心情が、
実によく表現されています。
くじ引きで決まった班編制は、
セナにとっては最悪の結果となります。
早坂・岡町・田中の四人は
すべてクラスの中で浮いた存在。
しかしセナは少しずつこの三人について
新たな「発見」を重ねていくのです。
セナの「発見」した
クラスメイトの新しい一面、そして
それがもたらす彼女の人間的成長こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
吉田家の親子関係、キーワードは「普通」
「セナとお母さんの親子関係」の
場面でのキーワードは「普通」
(本作品中では
すべてひらがな「ふつう」と表現)。
セナは何かにつけて
「○○がふつう」を繰り返します。
これも子どもたちの常套句です。
でも多くの場合、
自分に都合のいい部分を取り上げて
「ふつう」としているだけなのです。
「スマホを持っているのが
ふつう」と言って
多くの子どもたちが親に
ねだっていることでしょう。
ここにも小学生の様子が
リアルに描写されています。
セナが最も気にしていたのは、
自分に父親がいないのは
「ふつう」じゃないということ。
当然、母親とは衝突します。
そして「家出」もします。
しかし深刻な状況に陥らないのが
本作品の素敵なところです。
行くところがなく、
「サトルくん」のアパートに転がり込む
セナですが、
母親はそれを見越して
手を打っているのです。
特別なドラマはありません。
大人がさりげなく支援し、
子どもが壁を乗り越える。
大人と子どもの「ほどよい関係」が
描かれていくのです。
「ふつう」など
存在しないことに気づく過程、そして
それがもたらす彼女の人間的成長こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
描かれる陸上競技、キーワードは「希望」
肝心の陸上競技ですが、
ここでも事件も起こらず、
したがってセナが競技者として劇的な
成長を遂げるわけでもありません。
かつてのように、環境が変わって
主人公の技術や能力が短期間で一気に
飛躍するような筋書きは、
近年めったに見なくなりました。
現実はスポ根のようには
いかないのです。
物語終盤には、セナが目標としていた
競技会の場面が描かれます。
セナはやはり
一ノ瀬には遠く及びませんでした。
しかし、来年六年生になったら、
いや中学生になったら、と、
その先に希望を抱かせるような
終わり方であり、
爽やかな感動に包まれます。
クラスの人間関係、そして親子関係を
考える中で成長したセナの、
その先にある「希望」こそ、
本作品の最後の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
中学校一年生に薦めたい一冊です。
同世代等身大の主人公の頑張りぶりを、
しっかり受け止めて欲しいと思います。
(2019.3.27)
〔陸上競技に関する小説(文庫本)〕
〔中学校一年生へのオススメ本〕




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