一時の贅沢から生まれた幸せな結末
「楽園の短期滞在者」
(O.ヘンリー/芹沢恵訳)
(「1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編」)
光文社古典新訳文庫

ブロードウェイにある
隠れた避暑地の
ホテルに滞在している
気品ある女性・マダム・ボーモンは、
同じく品位ある青年・ハロルドと
親しくなる。
3日後、
ホテルの引き払うにあたり、
マダム・ボーモンはハロルドに
ある事実を打ち明ける…。
マダム・ボーモンは、
この高級ホテルに
しっかりとなじむ女性でした。
「選ばれた人間特有の
洗練された優雅な物腰に
気品あふれる容貌、
そこにしとやかさと心優しさが
備わっていた」。
晩餐の席になると
その容姿はさらに光り輝きます。
「山峡のいまだ
人の眼に触れたことのない
瀑布から立ちのぼる狭霧のような、
実になんとも淡々しくて
美しいドレス姿で現れた。
レースで飾られた胸元には、
いつも薄紅色の薔薇の花が
あしらってあった」。
そんな彼女が青年・ハロルドに
何を打ち明けたか?
自分は実は金持ちでも
なんでもないただの店員である、
給料をやりくりしてお金を貯めた、
たとえ一週間でも
貴婦人のような生活がしたかった、
その一週間を自分は十分に楽しみ、
明日からは本来の生活にもどる、と。
マダム・ボーモン、
いや本名・メイミーは、
ハロルドを愛してしまったがゆえに、
自分の素性を打ち明けるのです。
貧しい生活から抜け出そうとするとき、
汗水垂らして得た金をどう使うか?
一般には毎日の暮らしを
少しずつでも良いものにしようと
考えるでしょう。
しかし、
人生のわずか一時でもかまわないから
他に真似のできない
贅沢をしてみたいと願うのも
一つの考え方です。
そこで終わっていれば、
ただの悲恋の物語なのでしょうが、
さすがO.ヘンリー、
洒落た結末を用意しています。
ハロルドはどう答えたか?
「ぼくも、明日の朝には
仕事に戻らなくてはなりません。
ふたりして同じような
休暇の過ごし方を思いつくなんて。
僕もかねがね思っていたんです、
一流と言われるホテルに
一度は泊まってみたいもんだって。」
執筆年を調べることが
できませんでしたが、
作者の作家活動期間を考えると
20世紀初頭であるはずです。
日本では明治の文豪たちが
せっせと難しい作品を書いていた
時期にあたります。
私たちの国にも
O.ヘンリーのような作家が
存在していたら、日本文学界は
もっと華やかで明るいものに
なっていたのではないかと思われます。
さて、1ヶ月後には史上初の
10連休がやってきます。
皆さんはどのような休暇を過ごしますか。
※ところが日本にも同じ発想で
作品を書いた作家がいます。
なんと探偵小説作家・横溝正史です。
「山名耕作の不思議な生活」
「角男」の2篇で
このプロットを用いています。
ただし甘美なラブストーリーには
なっていません。
(2019.3.29)
