若き日の横溝の憧れと野心が見え隠れする
「川越雄作の不思議な旅館」(横溝正史)
(「山名耕作の不思議な生活」)角川文庫
忘れかけていた
友人・川越雄作から
届いた書状には、
「近き将来、君は僕よりの
奇妙な招待状を
受け取るだろう」と
書かれてあった。
約束通りに半年後、
その「奇妙な招待状」が
送られてくるが、
それは新規開店する
旅館への案内だった…。
横溝正史初期の短篇の一つであり、
ミステリーではなく、
幻想小説とでもいうべき内容です。
読みどころはただ一つ、
横溝が生み出した川越雄作という
人物の「夢」です。
主人公・川越雄作を
引き立たせているのが
語り手・「私」(山名耕市という
名前が与えられている)です。
若き日に、同じく暇を
持て余しているもの同士でありながら、
山名が「陰」であるのに対し、
川越は「陽」なのです。
細々と翻訳の仕事をしながら
身過ぎ世過ぎしていた山名は、
働きもせずに
大言壮語している川越に対し、
半ば軽蔑しつつも、
一方では羨望していたのです。
この対比が見事です。
その川越から
「奇妙な招待状」なるものを
受け取るのですが、
それは単なる旅館の開店案内でした。
川越の「夢」とは
所詮旅経営という商売だったのかと
山名は失望します。
しかし彼が尋ねていった先にあった
旅館は…。
ネタバレを含むことをお許しください。
その旅館は、
建物全体がゆっくりと回転し、
海と山の風景の変化を、
一つところにいながら
楽しめるというものなのです。
これこそ川越の「不思議な旅館」であり、
彼の「夢」の具現化したものなのです。
その伏線となっているのが
過日の出会いの場となった、
遊園地での「回転木馬」です。
川越は回転木馬を
心底楽しんでいたのですが、
それは彼がそこで
将来の夢に浸っていたからなのでした。
将来への展望を切り開けないまま
日がな一日遊園地で過ごしていた
山名とは決定的に違ったのです。
この「私」・山名耕市は、
翻訳から創作へと転身して
成功した作家ですから、
おそらく作者自身の投影でしょう。
川越の「不思議な旅館」に対する
驚嘆と賞賛は、
「夢を見続ける男」への作者自身の
羨望の眼差しと考えられます。
まあ、一般庶民から見れば、
日本ミステリー界の
巨人的存在となった横溝正史自身が
「夢を見続けた男」なのでしょうが、
本作品発表は昭和4年、
まだまだ横溝は駆け出しでした。
若き日の横溝の憧れと野心が
見え隠れする本短篇、
春の読書にいかがでしょうか。
※本書「山名耕作の不思議な生活」は
旧角川文庫版であり、
もちろん絶版です。
しかし昨年出版された
新角川文庫「丹夫人の化粧台」に
収録されています。
(2019.4.28)
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