「おすが」(竹田真砂子)

ついつい感情移入、それも深入りしてしまいました

「おすが」(竹田真砂子)
 (「牛込御門余時」)集英社文庫

妻を失った
孤老の武士・高岡斜嶺は、
二年前から国元を離れ
江戸詰となっていた。
唯一の楽しみは
おすがを見るために
茶屋へ通うこと。
ある日、
高岡は自身の体の異変に気づく。
そしておすがの茶屋には
無法者が近づいていた…。

「初めて人を斬った。
 五十になるこの年齢まで、
 果し合いはおろか、
 他人と口喧嘩さえ
 したことのない武士が、
 とりたてて意趣もない、
 遺恨もない、
 いわば行きずりの男を一人、
 手にかけたのだ。」

衝撃的な一文から始まる本作品、
なにやら血なまぐさいお話かと
思いましたが、
しみじみと心の温まる「いい話」です。
なによりも本作品の主人公・高岡が
現在の私とほぼ同年齢であり、
ついつい感情移入、
それも深入りしてしまいました。

彼は地道に努めを果たし、
この年齢になったのです。
これといった取り柄もありません。
出世した二人の弟を羨むこともなく、
淡々と人生を送ってきました。
病弱な妻を失いながらも、
「もし、弱い妻を残して、
自分が先に
逝くようなことにでもなっていたら、
それこそ一大事」と
考えるほどなのです。

そんな高岡が惚れたおすがという娘。
「余計な世辞もいわず、
 必要と思われる用だけを果たして、
 あとは自由にさせておいてくれる」

さりげない気遣いのできる娘なのです。
「おすがは、斜嶺の色のない日々に、
 淡いながらも彩りをつくり、
 夢の見えない明日に、
 ほのかな光をさしこんでくれた」

高岡がおすがに惚れ込むといっても、
具体的に何をするわけでもありません。
高岡は自分の名さえ
明かしていないのですから。
しかも出入りする笊屋の若者と
おすがの仲を影ながら見守り、
応援しているのです。
高岡にとっておすがは
恋人などではなく、
娘としての存在なのでしょう。

高岡に訪れた体の異変。
そしておすがに迫る危機。
そのためにとった高岡の行動が、
冒頭の一文なのです。

すでに時代は太平の世。
武士が刀を抜くなど
有り得ない時代なのです。
露見すれば自身の命だけではなく、
藩にも厳罰が下される重大事。
それをさりげなくやり遂げ、
誰に誇るでもなく、
自らの命の尽きるのを待つ。
あくまでもおすがの幸せを
影から支える役に徹する。
高岡斜嶺、
これぞ男の中の男です。

時代小説を得意とする竹田真砂子の、
胸がすくような逸品です。
時代物に馴染みの薄い貴方、
まずは本作品からいかがでしょうか。

※かつて時代物は年寄りの読むものと
 軽く見ていた時期がありました。
 今、時代物を読むと、
 素直に感動できます。
 自分が年老いてきた
 証拠かも知れません。

(2018.4.28)

【竹田真砂子の作品の記事】

【竹田真砂子の本はいかが】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA