「白い象に似た山々」(ヘミングウェイ)

静かにすれ違う、男女二人の会話

「白い象に似た山々」
(ヘミングウェイ/沼澤洽治訳)
(「集英社ギャラリー世界の文学17」)

 集英社

マドリッドへ向かう
接続駅内のバーで
ビールを飲む男と女。
男は言う。
「あの手術など
ひどく簡単なものさ。
済めばもうオーケー。
僕らは昔のままさ。」
女は問う。
「私達大丈夫なのね、
幸せになれるのね?」
静かにすれ違う二人…。

わずか数ページの短篇ですが、
約半分が男女の会話です。
「いやならしなくていいんだぞ。」
「あなたはさせたいんでしょう?」
「それが一番だとは思う。」
「私がしさえすれば、
 あなたは私を愛してくださるのね?」

意味不明の会話が延々続くのです。
二人は何の手術を
しようとしているのか?
手掛かりを探します。

手掛かり①白い象に似た山々
女はバーから見える山並みを
「白い象」と例えたのち、
「本当は白い象なんかに似てはいない。
 木の間から見える山肌の色だけ、
 似ているのは」
とつぶやきます。
彼女の視線は
生命溢れる山の木々ではなく、
その山肌に注がれています。

手掛かり②一度奪われた物は
さらに女は外の風景を眺め、
「何もかも私達の物に
できるはずなのに」と男に語ります。
「はずじゃない、できるんだ」
「いえ、違う。
 一度奪われた物は
 二度と取り返せやしないわ」

風景について語っていながら、
女は「奪われる」ということに、
感情的に昂ぶっていきます。

手掛かり③余計者は要らんよ
女は言います。
「あなた、そっちの方がいいとは
 思わないの?その気になれば、
 私達、何とかやっていけるんだもの」
「もちろんいいさ。
 が、僕の欲しいのは君だけだからな。
 余計者は要らんよ。」

男にとって必要なのは女であり、
必要ない「余計者」とは?

そうです。中絶手術のことなのです。
男は子どもなど「余計者」に
過ぎないと思っているのです。
だから女に中絶を迫っているのです。
しかし女にとって身ごもった我が子は
自分の生命そのものなのです。
「ひどく簡単なもの」で
済ませられるはずがありません。

手掛かり①から③まで
会話が進行するにつれて、
二人の気持ちのすれ違いが
鮮明になっていきます。
そしてやはり二人の会話で
物語は幕を閉じます。

「気分直ったかね?」
「大丈夫よ。私、
 どこも悪いとこなどないもの。
 大丈夫」

二人の関係は修復されたのか、
それとも
「どこも悪いとこなどない」から
「手術など受けない」と
決別宣言をしたのか、
どちらとも受け取れますが、
私は後者だと思っています。

※本作品は、「白い象のような山並み」
 という題名で昨日取り上げた
 「ヘミングウェイ全短編1」にも
 収録されています。

(2019.5.15)

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