「方舟さくら丸」(安部公房)①

「ぼく」の「孤独」の物語

「方舟さくら丸」(安部公房)新潮文庫

地下採石場跡の巨大な洞窟。
ここは核シェルターとしての
船になるはずだった。
「ぼく」は仲間を探しに
市中へ出かけ、
「昆虫屋」「サクラ」「女」が
その乗組員となった。
四人の奇妙な
共同生活が始まるが、
侵入者の存在が明らかになり…。

核戦争と核シェルターをめぐる
壮大なSF作品…と思って読み進めると、
拍子抜けします。
地下空洞という閉鎖環境の中での、
主人公・「ぼく」の「孤独」の物語なのです。

地下空洞を私有化占有化し、
核シェルターとして整備し、
そこに独りで生活していた段階で、
すでに「孤独」です。しかし「ぼく」は
孤独が好きなのではなさそうです。
仲間を求めて街に出てきたのですから。

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「ぼく」はその核シェルターを
現代の「方舟」に見立て、
船長として「救われるべき人間」を
選出しようとします。
しかし選出するどころか
「昆虫屋」「サクラ」「女」の3人に
無理矢理押しかけられる始末です。
しかもその地下空洞は、
不良少年グループの侵入を
許していたことが発覚します。
自ら「船長」を名乗りながら、
人間関係も居住空間も、
一切掌握できていないのです。
ここでもやはり「孤独」です。

また、共同経営者的存在の
「千石」に対しては疑いの目を向ける。
実の父親・「猪突」に対しては
肉親の情をまったく持たない。
地下空洞に侵攻してきた
不良少年グループや
外界で暗躍する高齢者集団に対しては
交渉能力を持ちません。
この「ぼく」は、他と交わることが
極めて不得手な人間なのです。
どうしても「孤独」なのです。

やがて彼は身動きがとれなくなる
アクシデントに見舞われます。
そしてそうした状況の中で、
シェルター内は
サバイバルゲームの様相を呈し、
ついに「ぼく」は方舟を捨てて
外界へと脱出します。
限りない「孤独」がそこにあります。

脱出した外界は、
「ぼく」の目には「透明な街」に映ります。
「ぼくもあんなふうに
透明なのだろうか」。外界でも
「ぼく」はやはり「孤独」なのです。

自分が中心であるという
「根拠のない自信」と「思い上がり」、
それでいて「対人関係構築力の欠如」。
もしかしたら80年代では特殊な
人物像だったのかも知れませんが、
現代ではごく当たり前に
身のまわりに存在しています。

現代人の抱える「孤独」感の正体は、
もしかしたら
「ぼく」の味わった「孤独」と
同質のものかも知れません。
安部公房の先見性に驚かされます。

(2019.5.23)

〔追記〕
2020年に改訂版が出版されました。
現在、新潮文庫の安部公房作品は、
表紙に阿部自身の写真作品を装幀し、
統一感のあるデザインへ移行しました。
安部作品が一層先鋭的に感じられます。
ついつい買ってしまいました。
アイキャッチ画像は
新しいものに替えました。
旧デザインは以下の通りです。

(2022.8.2)

建鹏 邵によるPixabayからの画像

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