「使者」(安部公房)

安部公房の脳内の小宇宙

「使者」(安部公房)
(「無関係な死・時の崖」)新潮文庫

講演会の講師・奈良の控え室に
火星人を名乗る男が訪れる。
彼は地球との交渉の
全権を任されている
「使者」なのだが、外見が
地球人とそっくりのため、
火星人だと信じて
もらえないのだという。
彼は奈良を強引に
連れて行こうとする…。

昨日取り上げた
安部公房「人間そっくり」には、
原型ともいえる
短編の本作品が存在します。
それが本作品です。

両作品は、登場人物も舞台も
すべて異なるのですが、
「宇宙に詳しい人物のもとに
自称・火星人が訪れ同行を求める」
「その自称・火星人は
人間そっくりであり、
それゆえ地球人からは
信じてもらえない」という点が同一です。

両作品を読んで
改めて気付かされるのは
「私たちの持つ宇宙人像」の異質性です。
「ウェルズのタコ型」と「グレイ型」が
私たちのステレオタイプでしょうか。
また、スター・ウォーズでは
さまざまな異形の宇宙人が登場します。
その根底にあるのはもしかしたら
「宇宙人は自分たちとは
異なる存在である」という
異質性の思い込み
なのではないでしょうか。
そして「だから
わかり合えるはずがない」という
思い込みがその後に続きそうです。

でももし宇宙人が
「地球人とまったく同質」だったら
両者は理解し合えるのか?
それが安部の思考の
出発点だったのかも知れません。

両作品における
安部の思考実験の結果は、
わかり合えるどころか、
その存在さえも理解できないという
最悪の結果を生みだしています。

さて、それでは両作品の違いは何か?
結末における
「主人公」と「自称・火星人」の力関係が
決定的に異なります。
「人間そっくり」では
自称・火星人が主人公の拉致に成功し、
主人公は精神異常者として扱われます。
しかし本作品では
火星人が騒ぎを起こし、
精神異常者として排除されます。
主人公・奈良は
新しい講演の題名が見つかったことに
満足して終わるのです。

結果として両作品は
それぞれの分量を活かした
異なる個性の作品として
仕上がっています。
「人間そっくり」は
じわじわと読み手の不安を
掻き立てる長編小説、
本作品は「もし男が
本当の火星人だったら?」という
一抹の期待と不安を
呼び起こす短編として、
どちらも愛すべき作品と
なっているのです。

それにしても安部公房の
脳内の小宇宙の構造は
どのようになっているのでしょうか?
もしかしたら安部自身が
人間そっくりの
火星人だったのかも知れません。

(2019.5.24)

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