「冬虫夏草」(梨木香歩)②

日本人は一体どこに向かおうとしているのか?

「冬虫夏草」(梨木香歩)新潮文庫

前作「家守綺譚」は
高堂家の庭周辺での顛末でしたが、
本作「冬虫夏草」は
鈴鹿山中一帯を舞台にしているため、
スケールも壮大です。
下地になっているのは龍神伝説です。

竜ヶ岳から四方へ流れ出る
宇賀川・青川・田光川・愛知川の四河川は、
それぞれ白竜、青竜、黒竜、赤竜に
守護されていると言い伝えられている。
その中で愛知川を管轄する赤竜が、
その地を長いこと留守にしていた。
征四郎は道中、
赤竜の化身とおぼしき旅人と出会う。
赤竜が愛戻れば愛知川は守られる…。

しかし高堂が現れ、
不吉な予言を残します。
「相谷・佐目・九居瀬・萱尾の四村が
将来、巨大な河桁によって
水の底に沈む」。

村々を水没させる「巨大な河桁」とは
おそらくダムのことでしょう。
詳しく調べてみると、
それは現在の
「永源寺ダム」であるとのことでした。

河童の子・牛蔵は
「人は与えられた条件のなかで、
自分の生を実現していくしかない」と
語り、自らを「変化」させ、
周囲の自然に対して
もっとも適した形状を得る柔軟さを
説きました。
しかし私たち人間は、
自分を変えることをせず、
より豊かな生活を求め、
自然を歪なものにする
選択をしてしまったのでしょうか。

私たちは、
コンクリートでダムを造り、
アスファルトで道路を造り、
無機質なもので
人と人を結ぶことに夢中になり、
それがかつてしっかりと結びついていた
人と自然の、
あるいは自然そのものの
有機的なつながりを
破壊していることに、あまりにも
無頓着すぎたのではないかと
思うのです。

著作「水辺にて」で、
梨木はこの筋書きの種のようなものを
発見したときの様子を
こう記しています。
「ある場所で私の足は止まった。
 それはT湖がダム湖になる以前の、
 この地区の立体模型だった。
 あちらこちらに集落があり、
 学校があり、生活の、跡がある。
 これが皆、この湖の中で
 眠っているというのだろうか。
(中略)
 物語のにおいがするのだ。」

昭和の時代に建造された
永源寺ダムによって、
神話の時代から脈々と受け継がれていた
その地の伝統・文化・
人と人との繋がり・生活の跡は、
全て根こそぎ
蹂躙されつくしたのだと思うのです。

私たち日本人は
一体どこに向かおうとしているのか?
「家守綺譚」「冬虫夏草」と
連続して読みつないだとき、
そうした疑問が
沸々と湧き上がってきます。

(2019.5.29)

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