「あと少し、もう少し」(瀬尾まいこ)②

物語の進行とともに登場人物の輪郭が鮮明になっていく

「あと少し、もう少し」
(瀬尾まいこ)新潮文庫

前回に引き続き、
本作品を取り上げます。
作品そのものが
1区から6区と分かれていて、
1区間ずつ、その走者が
語り手となる異色の作品構造、
これが本書の特徴となっています。
人物一人一人が6人の目を通して
描かれることによって、
物語の進行とともに
登場人物の輪郭が
鮮明になっていく仕組みです。

例えば部長の6区桝井。
1区設楽視点
→気の弱い自分にとっての唯一の救い。
2区大田視点
→おせっかいやき。
3区仲田視点
→みんなに気を遣ってくれる。
4区渡部視点
→何かを背負ってる。
5区河合視点
→あこがれの先輩であり目標。
6区自分視点
→自分の弱さと向き合う。
最初は完璧な人間のように
描かれていた桝井が、
次第に中学生としての
実像を持ってくるのです。

同じく4区渡部。
1区設楽視点
→理屈っぽい、クール。
2区大田視点
→変わり者。
3区仲田視点
→明るい自分にとって
 唯一の苦手な人物。
 何を考えているかわからない。
4区自分視点
→両親のいない家庭環境に
 引け目を感じ、
 孤高の外面を装っていたことに
 疑問を感じる。
5区河合視点
→本人が隠そうとしているが、
 根は優しい性格である。
6区桝井視点
→大切なことを遠慮なく
 指摘してくれる筋の通った人間。
むっつりしていて
スポーツ向きとは思えない渡部が、
やはりどこにでもいそうな
中学生として迫ってきます。

一番変化が大きかったのは、
なんと言っても
顧問の上原先生でしょう。
1区設楽視点
→頼りない、やる気ない、
 困った顧問。
2区大田視点
→正直な人間、かつ
 人を食ったところのある教師。
3区仲田視点
→信頼できる教師
 (ただし仲田は人を疑わない)。
4区渡部視点
→間が抜けているように見えて、
 実は心理的な駆け引きが
 自分より上手。
5区河合視点
→部活動指導では頼りにならないが、
 他の面では信頼できる先生。
6区桝井視点
→最後の大事な場面で
 一番大切なことを教えてくれた。

1区から6区まで、
各ランナーの視点で
大会までが描かれているため、
同じ場面が何度も登場します。
はじめはわからなかった
登場人物の言動の持つ意味が、
他の人物との関わりの中で
次第に明らかになっていきます。

本作品における多層構造、
私の限られた読書経験の中で
初めてのものです。
実に読み応えがあります。
中学生のみならず、
大人にも自信を持って
お薦めできる一冊です。

(2019.5.31)

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