「青銅の魔人」(江戸川乱歩)

戦後の少年探偵団シリーズのスタンダード・モデル

「青銅の魔人」(江戸川乱歩)ポプラ社

「青銅の魔人」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第15巻」)光文社文庫

「青銅の魔人」(江戸川乱歩)
(「怪人二十面相・青銅の魔人」)
 岩波文庫

突如として東京に現れた
「青銅の魔人」。
ギリギリという歯車の音を
鳴らしながら
真夜中の時計店を襲う魔人は、
ついには秘宝
「皇帝の夜光の時計」を狙う。
犯行予告を受けた
時計の所有者・手塚は、
事件の捜査を
明智小五郎に依頼するが…。

昭和24年発表の本作品は、
戦後、満を持して江戸川乱歩が発表した
探偵ジュヴナイルであり、
少年探偵団シリーズ
第5作目に当たります。
第4作「大金塊」
戦時色の濃くなった昭和15年発表で、
怪人二十面相は登場しません。
したがって「妖怪博士」(昭和13年)以来、
実に11年ぶりの
少年探偵団・明智小五郎・怪人二十面相の
揃い踏みとなるのです。

【少年探偵団事件ファイル5】
「青銅の魔人」
〔二十面相一味〕

青銅の魔人
…全身が青銅でできた魔人。
 ギリギリという歯車の音を立てる。
 神出鬼没であり、
 忽然と姿を消すこともできる。
 正体はもちろん…。
地底の道化師
…二十面相の部下であり、
 地下アジトの管理人。
怪人二十面相
…希代の怪盗。変装の名手であり、
 老若男女どのようにも変装できる。
 美術品蒐集が趣味。
〔事件関係者〕
手塚龍之助

…「皇帝の夜光の時計」の所有者。
 事件捜査を明智に依頼する。
手塚昌一
…龍之助の息子。十三歳。
手塚雪子
…龍之助の娘。昌一の妹。八歳。
〔捜査関係者〕
中村善四郎
…警視庁警部。
※本作品では下の名前は登場しない。
田中刑事
…警視庁刑事。
 手塚邸の警護にあたっていた。
〔明智探偵事務所およびその関係者〕
明智小五郎…私立探偵。
小林芳雄…明智の少年助手。
チンピラ別働隊
…小林少年が浮浪児たちを集めて
 結成した少年探偵団の別同部隊。
ノッポの松ちゃん
…別働隊副団長。
 小林少年の替え玉となる。
〔事件の概要〕
⑴「皇帝の夜光の時計」強奪事件

・東京:手塚邸
・魔人、手塚邸敷地内および邸内に
 たびたび出没。
・魔人、「皇帝の夜光の時計」強奪。
・魔人、逃走。煙突より落下し墜落死。
⑵小林少年誘拐・拉致・監禁事件
・小林、魔人一味により誘拐・拉致・監禁
・小林、敵アジトにて昌一・雪子と再会
・小林・昌一・雪子、脱出の際、
 水攻めに遭い、絶体絶命。
⑶手塚龍之助誘拐事件
・邸内より手塚氏、
 魔人一味により誘拐。
・明智、中村とともにアジト潜入。
・明智、二十面相を追いつめる。
・二十面相、逃走の末、
 水上艇の炎上・爆発により生死不明。

本作品の味わいどころ①
見事な造形の敵キャラ青銅の魔人

もちろん
青銅の魔人=怪人二十面相です。
第二作「少年探偵団」では「黒い魔物」、
そして第三作「妖怪博士」では
「妖怪博士」のほかに
「妖婆」「お化蝙蝠」と、
化け物キャラを進化させてきた
二十面相ですが、いよいよ
化け物の完成度がアップしてきました。
全身が金属で覆われた
ロボット型の化け物です。
身体から歯車の音がするだけでなく、
落下した際は内部が歯車だらけだった
ことが明らかになるなど、
イメージしただけでワクワクします。
しかもピストルの弾をはじき返す
(金属製だから当然)一方で、
密室から煙のように消え去る。
なかなかに手の込んだ化け物キャラの
登場となっているのです。
この、突拍子もない化け物を登場させて
当時の子どもたちの心をがっちり掴む、
江戸川乱歩のエンターテインメントこそ
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

ただし気になるのは、
ポプラ社刊の表紙装幀画で、
魔人が紺色で描かれていることです。
おそらく「青銅色」を
イメージしたものでしょう。
ところが青銅は鋳造時には
黄金色に近い色合いです。
時間の経過とともに表面が酸化し、
いわゆる「青銅色」となるのです。
この青銅の魔人のボディは、
鋳造してから相当の年月が経過して
緑青が吹き上げた、
年季入りの身体なのでしょう。

本作品の味わいどころ②
少年探偵団のチンピラ別働隊登場

前作「妖怪博士」に引き続き、
今回も二十面相は
財宝狙いではありません。
用意周到に策を張り巡らせたのは、
明智に対するリベンジのためなのです。
この
明智&小林&少年探偵団vs二十面相の
対決に息をのんでしまいます。

ところが本作は肝腎の
少年探偵団の出番がありません。
戦後となり、
社会情勢が変化したからでしょうか。
今回は夜の活動が多く、
少年探偵団は
動かしにくかったのかもしれません
(戦前の「少年探偵団」では
夜間も活動していたが)。
代わりに登場したのが
「チンピラ別働隊」です。
一言でいえば少年探偵団の下請けです。
これがまた
小林少年の替え玉となったり、
逃走する二十面相の自動車の
屋根に張り付いて追跡するなど、
夜間活動のみならず危険業務も
引き受けるという大活躍です。
この、新たな視点で結成された
チンピラ別働隊の大活躍こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

ただし、現代となった今、
改めて読むと、そこには強い違和感も
感じられてなりません。
最も気になるのは
戦災孤児と思われる浮浪少年に対する
小林少年の対応です。
他の団員が嫌がるだろうからという
理由で、「チンピラ別働隊」
(この表現自体に問題があるのですが)
として別組織にしてしまう。
その上で危険な仕事を
彼らに与えているのですから、
差別以外の何ものでもありません。
それが当時の一般的な感覚であり、
それをしっかりと意識して
読み味わうことが必要なのです。

本作品の味わいどころ③
地下に広がる二十面相の「アジト」

地下にある秘密の「アジト」が
何とも言えない味わいです。
財宝を隠し、少年を拉致監禁し、
そして最後には明智に見事暴かれる。
これが「アジト」の醍醐味です。
秘密基地が大好きな男の子にとっては
たまらないのです。
この、「アジト」を本拠地として
悪さをしまくる二十面相の
小気味よい活動と、
潜入してそれを見事に粉砕する明智の、
胸のすくような活躍こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

乱歩は本作品以後、
「透明怪人」「電人M」「宇宙怪人」
「夜光人間」など、次々に
奇怪なキャラクターを登場させます。
実はそれらの味わいどころについても、
本作の②を
「明智・小林・少年探偵団vs二十面相の
対決」と読み替えれば、すべてに
当てはまってしまうものなのです。
つまり、この「青銅の魔人」こそ、
戦後の少年探偵団シリーズの
スタンダード・モデルなのです。
戦後によみがえった
怪人二十面相の跋扈する「青銅の魔人」。
少年探偵団シリーズの
一つの頂点となっています。
少年の心に戻って、
もう一度楽しんでみませんか。

(2019.6.2)

〔青空文庫〕
「青銅の魔人」(江戸川乱歩)

〔関連記事:少年探偵団シリーズ〕

「二銭銅貨」
「少年探偵団」
「妖怪博士」

〔ポプラ社「少年探偵団」〕

〔「江戸川乱歩全集第15巻」〕
青銅の魔人
虎の牙
断崖
三角館の恐怖
 解題/注釈/解説
 私と乱歩 宮部みゆき

〔光文社文庫「江戸川乱歩全集」〕

〔「怪人二十面相・青銅の魔人」岩波文庫〕
怪人二十面相
青銅の魔人
 解説 佐野史郎
 解題 吉田司雄

RAMPO WORLD
Steve BidmeadによるPixabayからの画像

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