きっと生き方の指針が見つかるはずです
「馬鹿一」(武者小路実篤)角川文庫

石や草ばかりを描く画家馬鹿一。
自己流で稚拙ではあるが、
どこまでも誠実な人柄が
滲み出ているため、
彼の画は心ある人の
観る眼を引きつける。
彼は周囲の友人に
馬鹿にされようとも、
ひたすら信念に基づいて
描き続ける…。
前回取り上げた
武者小路の短編小説「馬鹿一」を含む
連作短編集です。
武者小路は1948~1969年、
63~84歳までの間、
約20年にわたって
この「馬鹿一もの」と呼ばれる作品群を
編み上げたのです。
名作「真理先生」もまた
この作品群の一部を成し、
したがって登場人物はほぼ重なります。
一心不乱に描き続ける「馬鹿一」こと
下山一(しもやまはじむ)、
多くの支持者を持ち、
真理を語り続ける「真理先生」、
高名な日本画家「白雲子」、
その弟で無名の書家「泰山」、
そして語り手である「山谷五兵衛」の
五人が主要な登場人物です。
真理先生以外はみな芸術家であり
(山谷もときどき絵を描いている)、
一癖も二癖もある面々です。
それでいて、みな理想を目指し、
世間の評判を気にすることなく、
自分の道を一歩一歩
着実に進んでいくという
意志の堅さを持っています。
それもそのはず。
山谷以外の四人は全て作者・武者小路の
分身のようなものだからです。
武者小路は作品として
誇張した部分を差し引いて、
「四人を合わせて四ではなく、
五で割ると僕に近い人間ができる」と
語っています。
もしかしたらこうした作品は、
現代では受け入れられにくいのでは
ないかと思います。
社会があまりにも複雑化し、
理想だけを語るわけにはいかない
世の中だからです。
忙しいサラリーマンの方などが読むと、
「そんなの解ってるよ!」と怒って
本を放り投げるのではないでしょうか。
でも、だからこそ
理想について熱く語っている本作品の
価値は高いと思うのです。
生き方のモデルや手本が
見つかりにくい時代です。
心を無にしてまずはじっくり
受け入れる姿勢で本作品に接したとき、
きっと生き方の指針が
見つかるはずです。
多くの作品を生みだした武者小路実篤。
しかしそのほとんどが
絶版となったままです。
本書も角川文庫版の
中古(昭和50年刷)を購入、
やっと読むことができました。
馬鹿一ものはまだ「馬鹿一万歳」が
あるようです。
何とかして手に入れるつもりです。
(2019.6.4)
