「途上」(谷崎潤一郎)

明智小五郎へとつながる、谷崎の探偵小説

「途上」(谷崎潤一郎)
(「潤一郎ラビリンスⅧ」)中公文庫

会社を終えての帰宅途上で、
湯川は私立探偵・安藤から
声をかけられる。
彼は近々結婚する予定の
妻の実家からの身辺調査と思い、
渋々応対する。
探偵は、数ヶ月前に亡くなった
彼の元妻について
矢継ぎ早に質問する。
そしてついには…。

谷崎潤一郎がミステリー!?と
驚かれる方もいらっしゃるかも
知れませんが、彼は初期の頃、
いくつか犯罪小説を著していて、
本作品はその一つです。
でも現代の「ミステリー」とは
だいぶ違います。

〔登場人物〕
湯河勝太郎

…東京T・M株式会社員法学士。
 妻を病気で亡くしたが、
 現在再婚の準備中。
安藤一郎
…探偵。路上で湯河に話しかける。
久満子
…湯川の現在の妻。名前のみの登場。
 正式に籍は入れていない。
筆子…湯河の先妻。故人。

created by Rinker
¥2,999 (2025/01/16 21:50:33時点 Amazon調べ-詳細)
今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
探偵が一方的に語る構成

現代の「ミステリ」と違うだけでなく、
かつての「推理小説」とも
様相が異なります。
事件が起きているわけではないので、
トリックなどもありません。
したがって推理する場面もありません。
探偵が調査結果と思われるものを
一方的に話すだけなのです。
したがって探偵と犯罪者の駆け引きも
ありません。
ただただ、探偵が男の行動と心理を
説明していくだけなのです。
このような「ミステリ」、
見たことも聞いたことも読んだことも
ありませんでした。

本作品の味わいどころ②
「偶然」を利用した殺人

では、探偵・安藤は
いったい何を一方的に語ったのか?
「偶然」を利用した
殺人の方法の数々です。
湯河はそれらを駆使して、
妻を「死に追いやった」という事実が
解き明かされるのです。
一つ一つは
「確実な死」には直結しません。
しかしそれが積み重なると
「死」に確実に繋がっていくのです。
「偶然」が「必然」へと変化する。
このような「ミステリ」、
見たことも聞いたことも読んだことも
ありませんでした。

本作品の味わいどころ③
緊張感漲るサスペンス

単にそれだけなら
「犯罪」とはいえないはずです。しかし
安藤はそれらを小出しにしながら、
丁寧に湯河の行為を
提示していくのです。
それは湯河の精神に
ボディブローのごとくダメージを与え、
徐々に彼を追い詰めていくのです。
最後の一文
「彼は喪心したように
 ぐらぐらとよろめいて
 其処にある椅子の上に
 臀餅をついた」

完全なるノックアウトです。
このような「ミステリ」、
見たことも聞いたことも読んだことも
ありませんでした。

現代の出版社にかけ出しの作家もどきが
こんな原稿を持ち込んでも
見向きもされないでしょう。
しかし、ここが日本の「ミステリー」の
出発点なのです。
なぜなら、あの江戸川乱歩
本作品を相当に意識していたからです。

明智小五郎のデビュー作となった
「D坂の殺人事件」では、
「絶対に発見されない
 犯罪というのは不可能でしょうか。
 僕は随分可能性が
 あると思うのですがね。
 例えば、
 谷崎潤一郎の「途上」ですね。
 ああした犯罪は
 先ず発見されることは
 ありませんよ。」

という件があります。

また、以前取り上げた
「赤い部屋」の自作解説で乱歩は、
「これは谷崎潤一郎氏の「途上」を
 もっと通俗に、もっと徹底的に
 書いてみようとしたのだ。」

と記しています。

乱歩の作品を見たとき、
処女作「二銭銅貨」もまた本作品同様に、
事件のない推理小説でした。
推理や謎解きはあるのですが、
探偵は登場せず事件も起きていません。
それが「D坂の殺人事件」
「心理試験」を経て、
明智小五郎シリーズ、
そして少年探偵団シリーズへと
結実していったのです。
そう考えるとこの作品は、
乱歩の本格的探偵小説へとつながる、
日本探偵小説の夜明けともいえる
作品なのです。

前述したように、
谷崎は犯罪に関わる小説を
いくつか書き表しています。
しかし探偵小説を本作以上に
進化させることはしませんでした。
それを行ったのが乱歩なのです。
明智小五郎は本作品の
延長線上に存在するのです。

日本ミステリの源流に位置する本作品、
ぜひご賞味ください。

(2019.6.9)

〔「潤一郎ラビリンスⅧ」〕
前科者
柳湯の事件
呪はれた戯曲
途上

或る調書の一節―対話
或る罪の動機

「潤一郎ラビリンスⅧ」

〔関連記事:谷崎潤一郎作品〕

〔中公文庫「潤一郎ラビリンス」〕

created by Rinker
¥543 (2025/01/16 23:36:38時点 Amazon調べ-詳細)

〔谷崎潤一郎の本はいかがですか〕

created by Rinker
¥1,078 (2025/01/16 03:16:58時点 Amazon調べ-詳細)
Free-PhotosによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

↑こちらもどうぞ

【こんな本はいかがですか】

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA