夢を追うことにはリスクが伴う
「百年文庫042 夢」ポプラ社

「すみれの君 ポルガー/池内紀訳」
女友達には高価な贈り物をし、
男友達とは賭け事を繰り返し、
湯水のようにお金を使う
ルドルフ伯爵。
借金を重ねた彼は大戦後、
困窮した日々を送る。
そこへかつてのオペレッタの
花形・ベッティーナが現れ、
彼に結婚を申し込む…。
「雨のなかの噴水 三島由紀夫」
「別れよう!」。
この一言を言うために、
明男は雅子を愛し、
愛したふりをし、
しゃにむに一緒に寝たのだった。
明男は不明瞭ながらも
その一言をついに口にする。
雅子は止めどもなく涙を流す。
明男は6月の雨の中、
噴水を見に行く…。
「フランシス・マカンバーの
短い幸福な生涯
ヘミングウェイ/高見浩訳」
前日のライオン狩りでの失敗で
妻に愛想を尽かされた
マカンバーは、
今日のバッファロー狩りで
汚名をそそごうとしていた。
狩りをしているうちに
彼の内部には確固とした
自信がみなぎってくる。
最後の一頭が
突進してきたとき…。
百年文庫42巻のテーマは「夢」。
といっても甘い夢ではありません。
三篇ともほろ苦い、いや、
かなり苦い夢といえるでしょう。
「すみれの君」のルドルフ伯爵の
夢見たものは、
常に貴族としての矜持を保つこと。
それ故に散財し、斜陽化し、
困窮していきます。
しかしそれでもなお
何ものにも媚びず
何ものにもおもねらず、
貴族としての生き方を全うするのです。
その生き方は
ユーモラスでありながらも
哀しい影が見え隠れしています。
「雨のなかの噴水」の明男の
夢見たものは、「別れよう!」の一言を
女性に向かって言い放つこと。
そのためだけに明男は
「雅子を愛し、愛したふりをし、
しゃにむに一緒に寝た」のですから、
その精神構造はかなり歪でしょう。
彼は念願の一言を言い切るのですが、
その一言は雅子には届かず、
夢は叶ったのか叶わなかったのか。
その姿はコミカルであるとともに
痛々しさもあります。
「短い幸福な生涯」のマカンバーの
夢見たものは、妻の真の愛情でした。
妻に認められたい一心で
ハンティングを強行するのですが、
妻の信頼と引き替えに失ったものは
自らの命でした。
滑稽でありながら、
やはり深い悲しみに充ち満ちています。
三人とも、決して
大きな夢を見たのではありません。
しかし、夢を追うことには
リスクが伴うということ、
そしてそのリスクを受け入れなければ
夢を追う資格など
ないということでしょうか。
三島由紀夫とヘミングウェイは
それぞれ日米を代表する作家ですが、
三島は1970年に
自衛隊市ヶ谷駐屯地にて自決、
ヘミングウェイは1961年に
謎の猟銃自殺、
そしてポルガーは対戦の際には
亡命を余儀なくされるなど、
それぞれ決して幸福だけの人生を
送っているわけではありません。
これも夢を追った
リスクなのかも知れません。
それでも人は夢を見て夢を追う。
だからこそ人生は素晴らしいと
いえるのです。
夢を追う生き様を描いた三篇、
お薦めです。
(2019.6.12)
