そして最後に一気に襲ってくる恐怖感
「ガブリエル・アーネスト」
(サキ/浅尾敦則訳)
(「百年文庫084 幽」)ポプラ社

「きみの森に野獣が一匹いるね」。
友人からそう聞いた日の午後、
ヴァン・チールは自分の領地で
裸の少年と出会う。
「何を食べている?」という
問いかけに、
少年は「子ウサギ、野ウサギ、
野鳥、ニワトリ、子羊に、
手に入れば」…。
私にとってサキという作家の
作品を読むのは初めてでした。
O.ヘンリーと並ぶ短篇の名手という
触れ込みでしたので、さぞかし
感動させてくれるのだろうと思って
読み進めると、何か違和感が。
そして不安感が。
最後に底知れない恐怖感が。
なんとホラー小説でした。
涙腺を緩める準備をしていたのに、
背筋が凍りついてしまいました。
本作品が一級のホラーであるのは、
一つ一つの事象を積み重ねて
「違和感→不安感→恐怖感」と
読み手の感覚を段階的に導きつつ、
それぞれの段階において
一度読み手に安心感を与えておき、
最後に大きな恐怖感を与えるという
手法の見事さからです。
友人の画家が発する冒頭の台詞は
暗示を与えているのですが、
作者は画家にはそれ以上語らせず、
1ページにわたって
画家はいつも平凡な発言を
繰り返すことを強調しています。
読み手を一度安心させているのです。
次に裸の少年の登場です。
「虎と見まごうばかりの眼光」
「野性的な少年」というキーワードと、
「二か月ほど前、
水車小屋のおかみさんの子が
いなくなるという出来事」という
重要な手掛かりを
さりげなく提示しておき、
その上でヴァン・チールに
少年が密猟者であると疑わせ、
読み手の想像を抑えているのです。
さらにその日の夜の
「ニワトリの略奪」
「野ウサギの異常な激減」
「子どもの失踪」という
ヴァン・チールの思考によって
読み手の不安を煽ります。
ところが一夜明けると、
何とその少年が居間に現れます。
あたかも普通の少年のように、
日中の家の中に
登場させることによって
巧妙に不安感を中和させているのです。
そして最後に一気に襲ってくる恐怖感。
結末はぜひ本作品を読んで
お確かめください。
O.ヘンリーとは違い、
中学生にはあまり
お薦めできないかと思われます。
でも、こうした「面白さ」を
味わえるようになることが
読書では大切だと思います。
もし長編作品として完成されていれば、
シェリーの「フランケンシュタイン」、
ストーカーの「ドラキュラ」と並んで
西洋三代モンスター小説の
一角を占めたであろう本作品、
大人のあなたにお薦めします。
※タイトル「ガブリエル・アーネスト」は
ヴァン・チールの伯母が
裸の少年に与えた名前です。
ガブリエルという日本語の発音が
内容と妙にマッチしています。
※中村能三訳では「狼少年」という
表題が与えられていますが、
それだと内容が容易に推察でき、
どうかなと思います。
「ガブリエル・アーネスト」の方が
面白いと思いました。
(2019.6.13)

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