百年文庫084 幽

幽玄な作品世界に閉じ込められそうです。

「百年文庫084 幽」ポプラ社

「カンタヴィルの幽霊 ワイルド」
ロンドン郊外の
いわく付きのカンタヴィル屋敷を
アメリカ公使が買い取る。
だが、
その屋敷には300年にわたって
幽霊が住みついているという。
一家が入居したその次の夜、
すさまじい形相の
老人の幽霊が現れ…。

「ガブリエル・アーネスト サキ」
「きみの森に野獣が一匹いるね」。
友人からそう聞いた日の午後、
ヴァン・チールは自分の領地で
裸の少年と出会う。
「何を食べている?」という
問いかけに、
少年は「子ウサギ、野ウサギ、
野鳥、ニワトリ、子羊に、
手に入れば」…。

「ラント夫人 ウォルポール」
ラントという小説家からの招きを受け、
海辺の屋敷へ出向いた「わたし」。
通された部屋に
一人の老婆がたたずんでいたが、
次の瞬間には
不思議なことに姿が見えなくなった。
そのことをラントに話すと、
家には女性はいないという…。

百年文庫33冊目読了です。
今回のテーマは「幽」。
連想されるのは幽霊ですが、
三作品のうち、
まともな幽霊が登場するのは
一作品だけです。

「カンタヴィル」は
タイトルに「幽霊」の文字が
入っているものの、
登場するのは怖くない幽霊です。
四次元の通路を通って
空間を出入りする能力はあるのですが、
体が物質として存在し、
わがままな感情を持ち、
でも諭されると反省する、
きわめて人間くさい幽霊です。
幽体なのか実体なのか
判然としませんが、
それはコントなのか感動物語なのか
曖昧模糊とした筋書きと同様です。

「ガブリエル」は
幽霊というよりはモンスターです。
狼男ですから。
昼間はどこからどう見ても人間。
それも美少年。
ところが夕暮れから狼に変身。
人間の言葉を話す
(しかも論理的!)のですから、
狼の能力を持った人間と
いえそうですが、
人間の子どもも喰らうのですから
人間に擬態できる狼なのでしょうか。
区別がつかないゆえの
「モンスター」なのですが。

「ラント夫人」のみ、
しっかりとした(?)幽霊が登場します。
この作品の場合、
幽霊ははっきり存在しているのですが、
その幽霊の夫であったラントが
「妻を殺したのかそうでないのか」
不透明です。

「幽」の字を辞書で引いてみると、
①暗くて見えない。かすか。
②奥深い。
③世間から離れてひっそりしている。
④人を閉じ込める。とあります。
つまり、三作品とも①の意味の
「はっきりしない」(=「幽(かすか)」)な
ものを扱っているのです。
同時に、
三作品とも②奥の深い短編小説です。
「カンタヴィル」などは特に
「コント」という仮面の奥に
いろいろな素顔を隠しています。

三人の作家たちは、
もしかしたら③かも知れません。
ワイルドは男色行為を咎められ、
失意のうちにひっそりと命を終えます。
サキは上流階級を
痛烈に皮肉った作品が目立ちます。
社交界とは距離を置いていた
可能性があります。
ウォルポールは現代の日本では
忘れられている存在といえます。

さて、三作品とも読み応えがあり、
しかも三人とも癖になりそうな
魅力を放っている作家たちです。
はまりすぎると幽玄な作品世界に
④閉じ込められそうです。
高校生、そして大人の皆さんに
お薦めできる一冊です。

(2019.6.20)

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