
小学生の女の子の成長を、男の子の目線で綴っている
「ミカ!」(伊藤たかみ)文春文庫
ユウスケには、
双子の妹・ミカがいる。
ユウスケは温和しくて優しいが、
ミカは勝ち気で喧嘩っ早い、
性格の違う兄妹。
二人はある日、近所の団地の
誰も住んでいない部屋の
ベランダで、
奇妙な生物を見つけ、
「オトトイ」と名付ける…。
子どもたちに薦めるべき本を探していて
素敵な本に出会いました。
等身大の小学校六年生が
描かれています。
書いた作家は当然大人なのですが、
ここまで子どもの目線に降り立った
作品はなかなかないと思います。
伊藤たかみの「ミカ!」です。
〔主要登場人物〕
「ぼく」(ユウスケ)
…語り手。小学校6年生。
気持ちの優しい男の子。
苗字は「葉山」。
ミカ(ミカコ)
…「ぼく」の双子の妹。喧嘩っ早い。
オンナであることに
違和感を感じている。
「父さん」
…「ぼく」の父親。会社員。
「母さん」
…「ぼく」の母親。別居し、離婚調停中。
アユミ
…「ぼく」・ミカの姉。高校生。
父親と喧嘩し母親の部屋に移り住む。
安藤
…「ぼく」のクラスメイト。
生活委員の女の子。
「ぼく」のことが好き。
コウジ
…「ぼく」のクラスメイト。
ミカのことが好き。
アケミ
…「ぼく」のクラスメイト。
コウジのことが好き。
鳩山
…「父さん」が好意を持っている
同僚女性。
オトトイ
…毛の生えたサツマイモ状の生き物。
キウイを食するが、
人の涙によって大きく成長する。
本作品の味わいどころ①
複雑な家庭環境で成長するユウスケ
ユウスケ・ミカの兄妹の家庭環境は
やや複雑です。
両親が別居(離婚に向けて調停中)、
子ども三人は
父親と暮らしていたのですが、
途中から姉・アユミは
母親と生活することを選びます。
五人家族から、
母が別れ、姉が抜けたのですから、
六年生の子どもとしては
非常事態ともいえる
大きな家庭環境の変化です。
もちろん「ぼく」にとっても
衝撃は大きいと思われるのですが、
過度に悲劇仕立てにすることなく、
淡々と小学生の生活を
描き出しているのです。
そこには少しずつ、しかし着実に
大人になろうとしているユウスケの
成長を見出すことができます。
複雑な家庭環境で成長する語り手・
ユウスケの姿こそ、本作品の
第一の味わいどころとなるのです。
じっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
ユウスケ目線で見たミカの成長物語
しかし成長が
大きく描き出されているのは
語り手「ぼく」以上に、
「ぼく」の目線で見たミカでしょう。
ミカは「女の子」として扱われることを
極端に嫌います。
以前は誰もミカに対して
遠慮などしていなかったのですが、
次第に周囲の見方が変わってきます。
ドッジボールも
「最近はみんな本気で
やってくれてへんのわかるもん。
アタシが女やから」。
そうしたミカの意識とは別に、
彼女は少しずつ変化していくのです。
それに気づいているのはユウスケです。
「ぼくとおなじシャンプーを使って、
ぼくとおなじ洗剤で
洗った服を着ているのに、
匂いはぼくとちがって
女の子の匂いがしていた。
いつのまにそうなったんだろう?」
このように、ユウスケはミカを
温かく見守っているのですが、
決して大人っぽく考えたり振る舞ったり
しているのではありません。
ユウスケはどこまでもミカとおなじ
小学校六年生の子どもなのです。
小学生の女の子・ミカの成長を、
同じ年齢の男の子・ユウスケの目線で
綴っているのが本作品の特徴なのです。
この、ユウスケ目線で見た主人公・
ミカの成長物語こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
ミカを成長させた謎の生物オトトイ
さて、本作品には「オトトイ」なる
奇妙な生物が登場します。
「オトトイ」はどんな生物か?
毛だらけのサツマイモみたいな形状。
どこが頭でどこがお腹なのか不明。
近くに植えられている
キウイの実しか食べない。
ギーギーと変な声で鳴く。
まさに奇妙な生物です。
しかし本作品のテーマは、
兄妹と奇妙な生きものとの
交流ではありません。
筋書きの重要な部分には
絡んでこないのです。
ではオトトイの役割は何か?
キウイの実以上に
オトトイが好むのが「涙」でした。
ミカの涙を吸収して
大きくなるとともに、
ミカは気づかぬうちに
気持ちが晴れやかになっていくのです。
涙を昨日の向こう(一昨日・オトトイ)に
追いやって、
明るく明日(未来)を迎える。
ミカが適当に名前を付けた
設定なのですが、
そこには作者のそうした意図が
含まれているのでしょう。
この世に存在しない
摩訶不思議な生き物を登場させながら
SFでもなくメルヘンにもしないところが
素敵です。
ミカの成長を促す
メタファー的アイテムとしての
謎の生物オトトイこそ、
本作品の隠れた
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
中学校に薦めたい作品です。
異性に関心の芽生え始める
一年生がちょうどいいかもしれません。
もちろん大人が読んでも
十分に癒やされます。
ぜひご賞味ください。
(2019.6.24)
〔本作品の続編:「ミカ×ミカ!」〕

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