終末に向けて盛り上がるミステリアスとロマンチック
「文づかひ」(森鴎外)
(「森鴎外全集Ⅰ」)ちくま文庫

ドイツに洋行した
「われ」(=小林大尉)は、
デウベン城のビユロオ伯爵の
娘・イイダ姫と知り合う。
彼女は友人・メエルハイムと
何らかの関係があるらしい。
ある日、小林は
イイダ姫から極秘に
手紙を届けるよう頼まれる…。
「舞姫」「うたかたの記」とともに
ドイツ三部作といわれる本作品。
文語文を難儀して読み進めると、
なにやら謎めいた雰囲気が
漂ってきます。
なんといっても
イイダ姫がミステリアスです。
彼女は小林が軍事演習中に見かけた、
白馬を引き止めていた少女。
伯爵の何人かいる娘の中でも
物静かな一人。
言葉として出せない想いを
ピアノの即興演奏で激しく表現する。
メエルハイムの婚約者と
目されているが、
彼女はそんなそぶりを
まったく見せない。
屋敷の外にいる従者が
一枚絡んでいるらしい。
まるでこれから
事件が起こるかのような
ミステリー小説風の描写が続くのです。
そのイイダ姫が、
知り合ってまだ間もない、それも
言葉を交わしたことのない小林に、
秘密の手紙を託すのです。
届け先は国務大臣夫人。
でもその人物は
イイダ姫の伯母なのです。
親兄弟に内緒で、
使用人にも頼むことのできない
伯母宛の秘密の手紙。
何とも怪しすぎる展開です。
さらにその数ヶ月後、
手紙の届け先である国務大臣の催す
晩餐会に招かれた小林は、
女官として現れた女性を見て驚きます。
それが何とイイダ姫だったのです。
なぜここにイイダ姫が?
呆然とする小林をよそに、
彼女は踊りを披露します。
他の華々しく着飾った
女官たちとは違い、
胸に本物の薔薇の花を
枝のまま着けているのみで
飾りは一つもない水色の絹のドレスで
颯爽と踊る姿は
凜として際立っているのです。
彼女の正体は一体?
あの手紙には何が書かれてあったのか?
謎が謎を呼びます。
「私をもう見忘れて
しまわれましたか?」と声をかけ、
イイダ姫は小林を
陶器の間という別室に誘い出します。
何というロマンチックな局面。
いよいよ怪しい結末に突入するのか?
イイダ姫と小林はどこまで行くのか?
胸をわくわくさせながら
ページをめくると…。
あとは小林を伝令役に選んだ理由や
手紙の内容についての
イイダ姫の告白が続きます。
ここまでせっかく盛り上がった
ミステリアスもロマンチックも
一気に吹き飛ぶのですが、
そこから明治の文豪らしさが現れます。
それについては
次回書きたいと思います。
(2019.6.28)

【青空文庫】
「文づかひ」(森鴎外)