動画編集の技法でいうパン&ズームです
「沈黙」(遠藤周作)新潮文庫
前回取り上げた「沈黙」。
これだけ重いテーマを
突きつけているのにもかかわらず、
再読のたびにぐいぐいと
物語の中に引きずり込まれる
感覚を覚えるのは、
独特の作品構成にあります。
本書の解説でも
指摘されていることですが、
本作品は形式上、
次の四つの部分に分かれています。
「まえがき」
「Ⅰ~Ⅳ:ロドリゴの書簡」
「Ⅴ~Ⅸ」
「切支丹屋敷役人日記」です。
「まえがき」
ローマ教会に
フェレイラ師の棄教の報が伝えられ、
3名の弟子が日本へ向かう
決断をしたいきさつが、
現代の語り手によって
史実として淡々と語られています。
この部分だけ
以降の本文よりも活字も小さく、
いかにも遠い過去のこととして
表現されています。
「Ⅰ~Ⅳ:ロドリゴの書簡」
ローマを出立してから日本へ潜入し、
捕縛されるまでを
主人公ロドリゴの
一人称で描かれています。
ここで読み手はロドリゴ視点で
緊迫感溢れる冒険と逃走を
追体験することになり、物語世界へ
引きずり込まれてしまうのです。
「Ⅴ~Ⅸ」
捕縛以後の状況については、
あえて3人称で綴っています。
それによって、
ロドリゴの主観だけでなく、
周囲の人物の感情も冷静に取り上げ、
「神の沈黙」という重いテーマに
迫ろうとしているのです。
「切支丹屋敷役人日記」
読みにくい当時の文体
(ほぼ漢字のみ)で書かれています。
ここでロドリゴのその後を、
遠い過去の記録として提示するに留め、
私たちの視点と思考を
現代へと引き戻していくのです。
動画編集の技法でいう
パン&ズームです。
巧みにズームイン、
ズームアウトを繰り返して
近景遠景を使い分けるとともに、
フレームを移動(パン)させて
テーマとなるものを
効果的に描出する。
本作品は小説の体を成しながら、
極めて映像的な要素を内包した
希有な作品なのです。
2度にわたって映画化されたのも
うなずけます。
昨年度公開された「沈黙-サイレンス-」。
かなり評判が高かったようですが、
私は劇場で観ることが
できませんでした。
Blu-rayも発売されたようですので
観てみたいと思います。
それにしても1971年の邦画の評判が
今一つなのはどうしてなのでしょう
(こちらも観ていませんが)。
作者も脚本作成に
加わっていたはずなのですが…。
(2019.7.4)