
中学校1年生の女の子とお母さんに薦めたい一冊
「卵と小麦粉それからマドレーヌ」
(石井睦美)ポプラ文庫ピュアフル
「もう子どもじゃないって
思ったときって、いつだった?」
中学校へ入学したばかりの
「わたし」は、
そう話しかけてきた亜矢と
仲良くなる。
十三歳の誕生日を迎えた日、
ママがパリへ
留学することを知り、
「わたし」は激しく混乱する…。
小学生が読むべき文学が児童文学なら、
中学生が読むべき小説は
「生徒文学」と呼ぶべきかもしれません。
これぞ「生徒文学」というべき一冊が、
石井睦美の
「卵と小麦粉それからマドレーヌ」です。
〔主要登場人物〕
「わたし」(北村菜穂)
…語り手。中学校一年生。
「ママ」(北村翔子)
…「わたし」の母親。
パリの料理学校への入学を決意する。
「パパ」(北村俊平)
…「わたし」の父親。寛容な性格。
「おばあちゃん」
…「わたし」の母方の祖母。
川田亜矢
…同級生。入学式初日から
「わたし」に話しかけてきた。
まゆ子
…小学校のときの親友。
「わたし」とは別の中学校へ進学。
本作品の味わいどころ①
自ら踏み出す「わたし」の姿
中学校一年生になった女の子の
九ヵ月間の成長を
生き生きと描いています。
暗い事件がありません。
あるのは主人公「わたし」の母親「ママ」が
半年間パリへ留学することだけです
(現実の一般家庭では
相当な大事件ですが)。
それをきっかけに、
「わたし」が大人への第一歩を踏み出す、
いわゆる少女の成長物語です。
中学生の成長物語は、
悲劇が起きたり、大事件が起きたり、
そうした大きなきっかけが
用意されていることがほとんどです。
でも本作品は違います。
「ママ」の半年間のパリ留学は
決して出来事としては小さくないものの
不幸な「悲劇」でもなければ
不意を突いて襲ってきた「事件」でも
ないのです。
「ママ」が自分の夢を叶えようとしている
「祝祭」なのです。
それを前向きにとらえ、
喜びにも似た気持ちで
自らを柔軟に変化させようとしている
「わたし」の姿がまぶしく感じられます。
成長とは本来、
誰かに促されてするものでなく、
確固たる自分の意志で
行うものであるということを、
改めて気づかせてくれます。
この、自ら踏み出す「わたし」の姿こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
成長を支える友だちの存在
ただし、
自分一人の力だけで成長できるほど、
中学校一年生は強くないはずです。
成長するには、それを助けてくれる
誰かが必要となるのです。
「わたし」の場合は、
友だち・川田亜矢の存在がそれです。
亜矢は「私」よりも一歩早く
「成長」した女の子です
(その「成長」は「わたし」と異なり、
つらい体験から得たものなのですが)。
亜矢との交流から「わたし」は、
「変わるのは自分」であることに
気付いていくのです。
この、「私」を支える友人・亜矢の
存在の意味を考えることこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
中学校一年生の、
素敵な成長物語となっています。
本作品を、ぜひ中学校一年生に
薦めたいと思います。
本作品の味わいどころ③
子どもから学ぶ大人の成長
そしてこの作品、中学生だけでなく、
中学生の子どもをお持ちの女性の方にも
お薦めしたいと思っています。
本作品の主役はもしかしたら
「わたし」ではなく、
「ママ」ではないかと思うからです。
四十歳になってから、自分の夢を
実現しようと行動する「ママ」。
こつこつと料理学校で
料理とフランス語を学び、
巡ってきたチャンスをしっかりつかみ、
家庭と自分の夢の実現の両立を
果たそうとするのです。
誰しもが現実と折り合いをつけながら
年をとっていかなくてはなりません。
しかしほんの少しだけ努力し、
ほんの少しだけ
勇気を出すことによって、
夢に近づくことは
できるのだということ、
そしてそれはいくつになっても
可能であるということ、
そんな当たり前のことに
気づかせてくれます。
そしてそれは、
「ママ」が幼い頃の「わたし」の言葉から
見つけた生き方なのです。
本作品は、中学校一年生「わたし」の
成長物語であるだけでなく、
大人の「ママ」の
成長物語でもあるのです。
子どもに教えるだけでなく、
子どもから学ぶ親こそ
良好な家庭を築けるのかもしれません。
この、
子どもから学ぶ大人の成長する姿こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
残念ながら、
「生徒文学」と呼べるものが少ない
日本の出版状況です。
私は「生徒文学」を発掘し、
紹介したいと考えています。
石井睦美作品はそうした意味で
重要な存在と私はとらえています。
「皿と紙ひこうき」同様、
「生徒文学」の貴重な一冊として、
中学校一年生の女の子と、
中学生の子どもを持つお母さんに、
それもぜひ親子で読むことを
お薦めしたいと思います。
(2019.7.5)
〔関連記事:石井睦美の作品〕
「皿と紙飛行機」
「白い月黄色い月」
「グッド・オールド・デイズ」


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