注目すべきは「存在=所属=職業=身分」
「城」(カフカ/前田敬作訳)新潮文庫
測量士・Kは、雪深い国の
「城」から仕事を依頼され、
村の宿屋に到着する。
翌朝、Kは「城」を目指すが、
辿り着くべき道は見つからない。
突然現れた「助手」や、
「使者」「村長」などを通じて
接触を試みるが、
「城」はKを激しく拒絶する…。
文庫本にして
620頁の大容量を要しながら、
物語はどこにも行き着かず、
読み手を不安定な世界に取り残したまま
強制的に幕を閉じます。
筋書きの骨格は、Kが測量士としての
身分保障を求めての奔走です。
それが、大きな事件としては
城の長官クラムの恋人フリーダを
寝取って同棲を始める
(それは僅か4日間!)ことぐらいであり、
あとは他の登場人物とKとの、
言葉のやりとりだけなのです。
その中で作者カフカは一体
何を描こうとしたのか?
考えられることの一つは
「人間の存在の不安定さ」です。
それは代表作「変身」でも
扱われている主題です。
しかし本作品で注目すべきは
「存在=所属=職業=身分」で
あるということです。
この村では職業に就いて
仕事を持つことこそ
所属を許される必要十分条件であり、
それが確定していないKは、
異邦人であるばかりではなく、
存在していないに等しい人間なのです。
すべてを捨てて故郷を後にした以上、
Kは戻ることもできず、
かといって進むことすら
許されない状況に陥るのです。
考えてみると、職業に就くことこそ
確かな身分証明であり、
生活費を得ることを考えるとそれは
生活保障でもあるのです。
それに異論はないでしょう。
この世界が異質であるのは、
職業が身分にほぼ直結していることと、
職業を持たなければ所属すら
認められないということです。
測量士という特殊技能
(それもおそらくKはかなり高度な
職能を持っていたと推察できる)を
持ちながら、
それを生かす場を与えられなければ
何者とも認められない。
認められなければ最下層の生活から
再スタートせざるを得ない。
それがKを襲った
この世界の不条理なのです。
もっともこうした点は
現代日本にも通じるところが
ありそうです。
リストラされてしまえば、
職業における本質的な力を
有していない限り、
それまで積み上げたことが
ほとんど無視されることは
珍しくありません。
だとすれば本作品は
現代社会を先読みした小説であると
いえなくもありません。
Kは酒場の少女ペーピーから
一緒に暮らすことを提案されます。
未完で終わっている本作品の
Kのその後の生き方に、
カフカはどのような決着を
付ける予定だったのでしょうか。
(2019.7.12)