ロマンチックどころか後味の悪すぎる結末
「人魚伝」(安部公房)
(「無関係な死・時の崖」)新潮文庫
サルベージ調査を
請け負った「ぼく」は、
沈没船に閉じ込められた
緑色の人魚に恋をする。
二人で生活するアパートを借り、
湯船に海水を張り、
彼女を迎え入れる支度をする。
夜の暗がりの中、
再び沈没船へと
侵入する「ぼく」…。
彼女を迎え入れようとした「ぼく」に、
人魚も応えます。
彼女はいやがる様子を見せるどころか、
進んで「ぼく」に身をまかせます。
困難を乗り越え、
無事アパートの一室へ帰還した「ぼく」。
違和感を覚えるのは
彼女が肉食(それも生肉!)であること。
でもそんなことにはお構いなしに
二人の愛の生活が始まります。
安部公房にもこんな
ロマンチックな作品があったのか!
全67ページの短編の、
47ページ分まではドキドキしながら
読むことができました。
やはりそんなはずはありませんでした。
残り20ページは安部公房の世界です。
ある日目覚めたら、
もうひとりの「ぼく」が出現します。
偽物ではなく完全に自分のコピー。
複製の自分を部屋に残し、
一時撤退する「ぼく」。
このあたりでロマンチックな雰囲気は
一気に吹き飛び、
不条理な世界の登場と思わせておいて、
物語は一気にホラーへと加速します。
夜更けに様子を覗きに部屋に戻ると…。
そこにあったは、
食いちぎられた「ぼくのコピー」の足。
そしてその足は急速に再生し、
一晩で復元してしまいます。
そうなのです。
人魚は「ぼく」を再生可能な身体に変え、
食糧としていたのです。
わずかに食べ残しをつくり、
朝までには復元させる。
自分の知らない間に
食べ続けられていたことに
気付く「ぼく」。
考えてみると、「ぼく」は人魚と
同棲しようとしたのではなく、
風呂場で飼おうとしていたのです。
いわばペットとして
自室へ連れ込んだことになります。
飼育主と動物の関係が、
気付けば家畜と食する側に
立場が逆転しています。
でも、さらに考えると、
人魚は終始「ぼく」を
食糧としてしか見ていないのです。
立場が入れ替わったのではなく、
「ぼく」の認識が変化しただけです。
社会の中で強者に立っていたつもりが、
気付けば実は弱者だった。
自分の存在は、
実は極めて不安定なものだった。
それは現実世界でも
ありうるかもしれない。
そんな不安を感じさせる作品です。
ラスト10ページには
さらなる衝撃が待ち構えています。
ロマンチックどころか
後味の悪すぎる結末。
夏の読書にしても
刺激が強すぎるかも知れません。
※エンタメ的要素ばかりが
目立つ作品ですが、
単なるホラーではありません。
冒頭には「ぼく」が後日精神科で
診療を受けるくだりがあります。
まだまだ読み解くべき点の多い
作品と思われます。
(2019.7.25)
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