「夜の樹」(カポーティ)

完全に不意打ちを食らわされました

「夜の樹」(カポーティ/浅尾敦則訳)
(「百年文庫009 夜」)ポプラ社

凍てつくような冬の夜、
若い娘・ケイは汽車に乗り込む。
唯一空いていたのは
男女の客が座っている
ボックス席のみ。
そこに座り込んだ彼女は、
その席の二人の様子に
異様なものを感じる。
女は親しげに
彼女に話しかけてきたが…。

「ティファニーで朝食を」で有名な
カポーティの短篇です。
実は私、カポーティは苦手であり、
「ティファニー」ぐらいしか
読んでいませんでした。
おしゃれなニューヨークのイメージで
読み始めました。が、読み進めるうち
少しずつ背筋が寒くなり、
最後の三行で凍りついてしまうような
思いがしました。
恐怖を小出しに提示して、
少しずつ暗闇に誘い込む方法です。
本作品の恐怖演出の手法を
分析してみます。

恐怖演出の手法①
舞台設定が静かに恐怖を演出

まずは駅。
町から離れていて人気がない。
冬の夜。
寒々しいプラットフォーム。
そこに立つのはケイ一人。
続いて汽車の中。
水飲器から
ぽたぽたとしたたり落ちる水、
車両の一番端に
ぽつんと離れているボックス席。
窓の外に流れる幽霊のような蒸気。
いかにも何か起きそうです。

恐怖演出の手法②
ケイの身のまわりの事情が恐怖を予感

ケイがこの町に来ていた理由は
おじの葬儀のため。
ケイは小さいころ
周囲から死霊や悪魔の話を
次々に聞かされている。
彼女自身、潜在的な恐怖に
支配されているのです。

恐怖演出の手法③
少しずつ本性を現す恐怖の主体

恐怖の主役二人は
話し好きの女と話せない男。
怪しげな雰囲気を
湛えた二人なのですが、
商売は「生き埋め男」の興業。
女は会話を強要し、
強いジンを無理に勧め、
さらには粗悪なお守りの
買い取りを強いる。
男は突然ケイの頬をなでる。
デッキに身を寄せた彼女の背後から
音もなく近づく。
次第に本性を現していく二人は
恐怖そのものです。

そしていよいよ最後の三行です。
「彼女のバッグを
 女が奪い取ったことを、
 そしてレインコートを自分の頭に、
 屍布で覆うようにそっとかけたのを、
 彼女はおぼろげに意識していた。」

具体的な結果を何にも示さずに、
恐怖の手掛かりだけを読み手に与え、
物語は突然幕を閉じます。
主人公・ケイ同様、読み手の意識もまた、
暗闇の中に取り残されてしまうのです。

完全に不意打ちを
食らわされた格好です。
他の作品はどうなっているのだろう?
カポーティが気になって
仕方ありません。

(2019.7.26)

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