「プロローグ」は「エピローグ」なのか、それとも
「騎士団長殺し(全4冊)」
(村上春樹)新潮文庫

「顔のない男」は、
約束に従って「私」に肖像画を
描くことを要求する。
困惑する「私」に、
男はペンギンのお守りを提示する。
それはまりえのものであり、
まりえを守るために
必要なものだった。
男とともに、
お守りもまた消えていく…。
以上は全4冊(文庫本)からなる本作品の、
第1巻「プロローグ」の部分です。
この「プロローグ」こそ
終末の場面以降に現れたと考えられる
「エピローグ」ともいえる部分なのです。
わずか5頁でありながら、
本作品を理解する上で
きわめて重要であると考えます。
やや説明を要する部分です。
「顔のない男」は、
まりえ救出のために
「私」が飛び込んだ「穴」の中で、
無と有の狭間を流れる川の
渡し船の番人です。
「ペンギンのお守り」は、
まりえが携帯電話のストラップに付けて
大切にしていたものです。
それを拾っていた「私」は、
川渡しの代価として
それを男に渡していたのです。
いつか肖像画を描くという
約束とともに。
ここで考えるべきは「私」の描く
肖像画の意味と価値でしょう。
以前は画家としての自分を抑え、
食うためにだけ肖像画を描いていた
「職人」でしたが、
「私」は離婚を契機として
自分の描きたい絵を描くように
なりました。
しかしそうして「私」が描いた4枚の絵は
「私」の望まぬものまで
呼び寄せてしまったのです。
それ故に再び肖像画家に戻るのですが、
「穴」を通過してきた「私」は
かつての「私」とは違います。
画家としての矜持を保ちながらの
肖像画家なのです。
生活費を稼ぐだけの職人画家でもなく、
雨田具彦のような
家族を顧みない芸術家でもなく、
自分と家族を守る画家として
「私」はリスタートしているのです。
「顔のない男」は、
ストラップと引き替えに
肖像画を要求します。
「おまえはおそらくこれを
必要としているだろう。
この小さなペンギンが
お守りとなって、
まわりの大事な人々を
まもってくれるはずだ。
ただしそのかわりに、
おまえにわたしの肖像を
描いてもらいたい」。
しかし「私」は描くことができず、
そのお守りを返してもらうことが
できなかったのです。
まわりの大事な人々を守るための
アイテムとして
そのお守りが「私」には
必要だったとすると、
「私」の戦いは未だに
終わっていないことになるのでは
ないでしょうか。
本作と同様の大長編
「ねじまき鳥クロニクル」「1Q84」が
いずれも二部と見せかけた
三部構成であったため、
ネット上では本作品にも
第3部が存在するのではないかという
予測が散見されます。
はたして「プロローグ」は
「エピローグ」なのか、
それともやがて登場する第3部と
本作品の「橋渡し」なのか、
興味は尽きません。
※未回収の伏線が多いことも
第3部の存在が囁かれる
要因となっています。
しかし現代の作品には
伏線(らしいもの)を完全に
回収しない作品、つまり謎を残し、
読者に推察の余地を残したまま
完結する作品も少なくありません。
「騎士団長殺し」は
果たしてどうなのでしょうか。
(2019.8.2)
