「EPITAPH東京」(恩田陸)

新しい形を模索したSFの香りのする純文学

「EPITAPH東京」(恩田陸)朝日文庫

東日本大震災を経て、
刻々と変貌していく
《東京》を舞台にした戯曲
『エピタフ東京』を
書きあぐねている”筆者K“は、
吸血鬼だと名乗る吉屋と出会う。
彼は「東京の秘密を
探るためのポイントは、死者です」と
囁きかけるのだが…。

複雑です。筋書きではなく作品構造が。
全体がいくつかのパートに分けられ、
その集合体が本作品なのです。
章立ての一覧を記すと、
以下のようになります。

①Piece一、動物交差点
②Piece二、遠刈田系
③Piece三、花の下にて
④Piece四、台所のストーンヘンジ
⑤Piece五、旅する絨毯
⑥Piece六、音の地図
⑦drawing
⑧Piece七、尾行者
⑨Piece八、天狗と城跡
⑩Piece九、東京土産
⑪『エピタフ東京』第一幕第一場より
⑫Piece十、パンクチュアル
⑬drawing
⑭Piece十一、モンゴ
⑮Piece十二、『華麗なるギャツビー』
⑯Piece十三、屋上とジャンクション
⑰Piece十四、点と線
⑱drawing
⑲Piece十五、清掃考
⑳Piece十六、都市と女子
㉑Piece十七、闘う街
㉒drawing
㉓『エピタフ東京』第二幕第一場より
㉔『エピタフ東京』・上演のためのメモ
㉕Interview
㉖Piece十八、幽霊画
㉗Piece十九、2020
㉘Piece二十、空飛ぶ梅
㉙Panorama
㉚Piece二十一、伝説
㉛Piece二十二、消えた人々
㉜Opening
㉝Piece二十三、『近日公開』
㉞LIFE GOES ON
㉟プロローグ・短い東京日記

一つめは、筆者・Kが
作品の取材の過程で得た知識から
思考したことを書き留めた
「piece」の部分です。
ここは一人称として
「筆者」が使われていることから、
随筆のように感じます。
随筆に見せかけた
小説本体部分となります。

この本体部分は、
「Piece二十二」まで
何も事件が起きません。
編集者のB子、そして
謎の人物・自称吸血鬼の吉屋との
やり取りがあるほかは、
現代東京のさまざまな街に関する
思索の披露に過ぎません。
まさに随筆。
「現代東京徒然日記」とでも
名づけたいくらいです。
東京の蘊蓄を集大成し、
東京という都市の姿を
浮き彫りにするのが
ねらいなのだろう、と考えて
「Piece二十三」に進むと、
大どんでん返しが待ち受けていました。

二つめが、
Kが知り合いになった吸血鬼・吉屋の
視点から綴られる
「drawing」「Interview」
「Panorama」「Opening」、
計7つのパートです。
ここでは吉屋視点で見た
東京という街の姿が描かれています。
ここも「弟」とのやり取りが主で、
何か事件が起こるわけではありません。

吉屋は「吸血鬼」なのですが、
血を吸うわけではなく、
「情報」を吸収し続け、
数百年を生き続けている化け物です
(化け物らしい場面は皆無であり
「吸血鬼」も吉屋本人の告白のみ)。
古い時代から東京を見てきた吉屋の語る
「東京回想録」といえそうです。

三つめが、
作中作である戯曲「エピタフ東京」と
そのメモです。
7人の女性が何か怪しげなことを
企んでいるのですが、
その会話だけで
実際の事件は登場しません。
四つめが、「LIFE GOES ON」。
ここまでの3つのパートを
繋ぎ合わせた形です。
Kと吉屋以外の
第三者の視点から書かれています。
そして五つめが、
「プロローグ・短い東京日記」。
3.11の大地震(と思われる)のときの
東京での様子が
日記という形で綴られています。
これらの部分は近い将来の東京における
「何かの終焉」を
意味しているように思われます。

これらがモザイク状に集合し、
一つの小説として完成しているのです。
つまり「現代の東京」の風景と
「過去の東京」の回想と
「未来の東京」の終末予想。
だから表題がEPITAPH(=墓碑銘)、
「東京の墓碑銘」なのでしょう。

一読して胸にストンと
落ちてくる作品ではありません。
娯楽作品ではなく、
新しい形を模索した
SFの香りのする純文学と
捉えるべきなのでしょう。
高校生、そして
大人にお薦めしたい一冊です。

(2019.8.18)

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