太宰治の「走れメロス」とそっくりです
「デイモンとピシアス」(鈴木三重吉)
(「日本児童文学名作集(上)」)
岩波文庫

古代ギリシアのシラキュースの
議政官ディオニシアスは
我が儘で残酷な性格の持ち主。
ある日、学者のピシアスが
反逆罪で捕らえられ、
死刑を言い渡される。
ピシアスは「刑を受け入れるが
自分を一度故郷へ
帰らせて欲しい」と請う…。
そしてどうなったか?
ピシアスの友人であり、
同じ学者のデイモンが
その身代わりとして捕縛されます。
デイモンは「もしピシアスが
指定の日までに帰らなければ、
自分を殺してかまわない」と
告げるのです。
何か聞いたことのある
シチュエーションです。
お解りですね。
太宰治の「走れメロス」とそっくりです。
太宰が「走れメロス」を発表したのは
昭和15年。
本作品はそれより20年も前、
大正9年に鈴木三重吉が「赤い鳥」に
掲載した童話なのです。
では両者、どこが違うか?
本作品は二章立ての作品であり、
第1章ではディオニシアスが
なぜ猜疑心が強くなったのかを
丁寧に説明してあります。
ディオニシアスはもともと
下級役人であったのですが、
政治能力を発揮し、
議政官に上り詰めただけでなく、
他の議政官を押しのけて
独裁的な存在となります。
彼の尽力で町は栄えるのですが、
その圧政に対して
反感を持つ者も多かったのでしょう。
「ディオニシアスには、
市民たちが、すべて自分に対して
どんな考えを
持っているかということが
十分分っていました。
ですから、しじゅう、
ちょっとも油断しませんでした。」
常に民意をリサーチし、
その政権基盤がいささかも
揺るがぬように、
周到に身構えていたことを
うかがわせます。
そうです。彼は才能溢れる
辣腕政治家だったのです。
また、彼は学問があり、
自分でも詩を作るなど、
芸術にも秀でていたのです。
彼は自分の作品をけなす学者を
すぐに牢屋に入れてしまうのですが、
その学者を牢から出し、
自分の新作の詩を聞かせます。
すると批判していた学者は
その詩を認め、
「おい、もう一度牢へ入れてくれ」。
そうです。彼は
辛口評論家さえも黙らせる
才能豊かな芸術家だったのです。
鈴木三重吉は、
ディオニシアスを決して悪者とは
描いていません。
だからこそ、最終場面での
「どうぞ、これから私をも
お前さんたち二人の
仲間に入れておくれ。」が、
納得できるのです。
私は「メロス」よりも本作品の方から、
文学性の高さを感じて仕方ありません。
児童文学の黎明期の、
見逃すベからざる秀作です。
〔本書収録作品一覧〕
イソップ物語(抄) 福沢諭吉
八ッ山羊 呉文聡
不思議の新衣裳 巌本善治
忘れ形見 若松賤子
こがね丸 巌谷小波
三角と四角 巌谷小波
印度の古話 幸田露伴
少年魯敏遜 石井研堂
万国幽霊怪話(抄) 押川春浪
画の悲み 国木田独歩
春坊 竹久夢二
赤い船 小川未明
野薔薇 小川未明
鈴蘭 吉屋信子
ぽっぽのお手帳 鈴木三重吉
デイモンとピシアス 鈴木三重吉
ちんちん小袴 小泉八雲
(2019.9.2)

【青空文庫】
「デイモンとピシアス」(鈴木三重吉)
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