現在も鋭く問題提起をし続けている本作品
「海と毒薬」(遠藤周作)新潮文庫

前回は、本書に登場する人物の中でも
中心的な描かれ方をしている
勝呂医師に焦点を当てました。
しかし、本作品の構造は特殊であり、
勝呂医師について描かれているのは
約半分ほどです。
では、どのような構造か?
①語り手「私」の述懐
第一章の冒頭は
語り手「私」による勝呂医師の観察。
東京郊外に引っ越してきた「私」と
勝呂医師の出会い、
そして謎に満ちた勝呂医師が
生体解剖事件に関わっていることを
知るまでの顛末が書かれています。
②勝呂医師の苦悩
第一章Ⅰ以降、
医局の中でもがく勝呂医師の
苦悩が表されています。
彼の苦悩は
事件に関わってからではないのです。
むしろそれ以前に
苦悩しつくしているのです。
治る見込みのない患者を
新しい手術法の
危険な治験に利用したり、
医師の都合最優先で
患者が後回しになったり、
人の命を救うなど
到底おぼつかないような状況に、
すでに心身疲れ切っていた状況を
詳細に提示しています。
③上田看護婦の過去
第2章のⅠの部分です。
上田看護師自体は
筋書き上さほど重要な役割を
果たしているとは思えません。
その彼女の不幸な結婚時代から
丹念に描くことにより、
彼女が接することになる
事件の主要人物たち
(橋本部長・浅井助手・大場看護婦長)を
浮かび上がらせているのです。
④戸田医師の少年時代
第2章のⅡの部分です。
勝呂の同僚の戸田の考え方にも
焦点を合わせ、
勝呂と対比させています。
当たり前のように事件に関わった
戸田の内面にも
闇があったことを
明らかにしているのです。
⑤事件からその翌朝まで
第2章Ⅲから第3章です。
①の「私」以外のすべての人物が
生体解剖事件で一つに繋がります。
①で戦後の平均的なサラリーマンの
遠景的な視点から事件に近づき、
②で中心人物に最接近し、
③④で周囲を一望し、
⑤で臨場感溢れる迫り方をする。
本作品は2度映画化されていますが、
それ以前に小説自体が
映画的な視点の展開構造を
有しているのです。
登場人物を一通り見まわしたとき、
たまたま異常な人間が集まって
事件を引き起こしたのでは
ないことに気付かされます。
人間とはいかなる生きものか、
そして日本人とはいかなる人間か。
発表以来
すでに半世紀を過ぎた本作品は、
現在も鋭く問題提起をし続けています。
(2019.9.3)
