「鈴蘭」(吉屋信子)

明治生まれの女性エンターティナーなのでしょう

「鈴蘭」(吉屋信子)
(「日本児童文学名作集(上)」)
 岩波文庫

「私」がまだ小さいころ、
母はある女学校の
音楽教師をしていた。
その学校で、
夜な夜な音楽室から
妙なるピアノの音が
きこえてくるという
噂が広がった。
しかし、音楽室のピアノの鍵は
母しか持ち合わせていなかった。
いったい誰が…。

というわけで、
前回の「もう一人の私」同様、
吉屋信子
オカルトタッチの作品です。
誰もいるはずのない音楽室で、
鍵がかかっているピアノを
誰かが弾いている。
現代的な言い回しをすると
「ベタな展開」ということに
なるでしょうか。
恐る恐る音楽室をのぞいてみると…。

そこで
血まみれの少女が弾いていただの、
ピアノの鍵盤が
ひとりでに動いていただの
というのであれば、まさしく
「ベタな展開」の
ホラー小説ということに
なるのでしょう。
でも、収録されているのは
岩波文庫の「日本児童文学名作集」です。
そんなはずはありません。

実は、弾いていたのは
血の通う健康的な少女。
それも異国の。
ピアノのいわれを調べてみると、
宣教師として来日していた夫人の
所有していたもので、彼女の死後、
学校に寄贈されたものなのです。
その娘がまもなく帰国するというので、
名残を惜しんで密かに
母が残していた合い鍵を使って
弾いていたというものなのです。

翌朝、ピアノを確かめてみると、
鈴蘭の花の一鉢と、
「感謝を捧ぐ。昨夜われを
見逃したまえる君に。」の手紙が。
怪談かと思えば、
心の温まる美談なのでした。

それにしても、
作者・吉屋信子の作風とは
いったいどう解釈すべきなのか?
短編二篇からでは何ともいえませんが、
本当はコテコテのホラー作品を
書きたかったのかも知れません。
明治生まれの
女性エンターティナーなのでしょう。

吉屋は1896年(明治29年)生まれ。
1916年に本作品が
雑誌「少女画報」に掲載された後、
さまざまな花にちなむ
少女小説52編を
同誌に載せていったのです。
その作品集「花物語」は、
少女小説のバイブルと謳われ、
昭和初期の
ベストセラーとなっているようです。

残念ながら、
現在ではその作品の多くが
忘れ去られようとしています。
前述「花物語」は
まだ文庫本が流通されていますので、
近々入手して
読んでみたいと思います。

(2019.9.6)

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