3作品とも「心」憎い選択です。
「百年文庫006 心」ポプラ社

「正直な泥棒
ドストエフスキー/小沼文彦訳」
酒場で出会った
酔っ払い・イェメリアンに
つきまとわれ、
引っ越したアスターフィイ。
でもイェメリアンは
転居先を探し出し、
そのまま居ついてしまう。
仕方なく置いてやるものの、
ある日、
値打ち物のズボンが
一着紛失する…。
「秋 芥川龍之介」
信子と従兄の俊吉は
互いにひかれ合っていたものの、
彼女は妹・照子と
俊吉の仲を取り持ち、
自らは商社に勤める男と結婚した。
妹もまた俊吉を
愛していることを知り、
身を引いたのである。
2年後、
信子は妹夫婦の新居を訪ねる…。
「田舎 プレヴォー/森鴎外訳」
脚本作家・ピエエルは16年前、
自分が恋をしていた
女性・マドレエヌから
一通の手紙を受け取る。
会って相談に
乗ってほしいというのだ。
彼女のもとを訪ねたものの、
面会は拒絶される。
そして彼は彼女から
二通目の手紙を受け取る…。
「心」というテーマのもとに
編まれた本書。
3作品とも読み応えがあります。
「正直な泥棒」は
作品の奥に隠れている
作者・ドストエフスキーの「心」を
読み取ることが大切となります。
「秋」は信子・俊吉・照子の三人の
揺れ動く「心」の綾を
味わうべき作品でしょう。
何も事件が起きない平穏の中で、
激しい心理戦が繰り広げられています。
「田舎」は
男には理解できない女「心」を
読み解く作業が必要になります。
マドレエヌからピエエルに
宛てられた二通の手紙。
その行間を読み取ったピエエルの
さらに上を行くマドレエヌの
複雑な女心が圧巻です。
読み終えて感じるのは、
「心」は秘めているからこそ
「心」なのだということです。
決して表面に現れているものだけが
真実ではないのです。
見えているものの奥に
本当の真実が隠されている。
小説でも現実世界でも、同じことが
いえるのではないでしょうか。
それにしても百年文庫という
アンソロジー、
編集者のセンスが光ります。
「正直な泥棒」は
ドストエフスキーの初期の佳作であり、
文庫本では現在ちくま文庫の
アンソロジーの一つに
収録されているのみです。
芥川のあまたある短篇から
「秋」を選んでいるのも見事です。
プレヴォーなど、
ほとんど忘れ去られた作家の作品を、
よくも発掘しました。しかも鴎外訳。
3作品とも「心」憎い選択です。
(2019.9.21)
