「あすなろ物語」(井上靖)②

時代に先駆けた草食系男子・鮎太

「あすなろ物語」(井上靖)新潮文庫

前回取り上げた
「あすなろ物語」第一・二編。
続く第三・四編もまた、
鮎太に大きく関わるのは女性です。

「漲ろう水の面より」
高等学校を卒業した鮎太21歳。
鮎太と同級生3人が出入りする
佐分利家の未亡人・信子は24歳。
ここでようやく鮎太は恋をします。
3歳年上ですから、
当然恋愛の対象として十分なのですが、
相手は何しろ未亡人。
鮎太は一介の大学生。
どうにも手が届かないわけです。

それだけでなく、
同級生の木原、大沢、金子、
そして信子の義妹・英子、貞子が
次々と才能の片鱗を現し、
「翌檜」ではなく「檜」であることの
証を立てている一方で、
鮎太は大学の講義にも出席せず、
ぶらぶらと自由を謳歌しているだけ。
鮎太は信子から痛烈な一言を
浴びせられるわけです。
「貴方は翌檜でさえも
 ないじゃあありませんか。
 翌檜は、一生懸命に明日は
 檜になろうと思っているでしょう。
 貴方は何になろうとも
 思っていらっしゃらない」

「春の狐火」
2年間の兵役生活を終え、
大学も卒業した鮎太25歳。
新聞社に勤め、社会部に配属されます。
ある日彼は先輩記者・杉村の住む岡山へ、
狐火の取材にでかけます。
杉村の一番下の妹・清香22歳。
お互いにひかれ合うものの、
鮎太はいまだに
信子のことが忘れられないのです。
狐火の取材後、春の夜を
酔い心地で歩いていた彼のもとへ、
女性が駆け寄ります。
ここで彼は初めて
女性の躰を知るのです。
通りかかった列車の轟音に驚き、
二人はその場を離れるのですが、
相手が誰であったか
わからずじまいなのです。

時が経ち、
他家へ嫁いだ清香と再会した鮎太は
真相を知ります。
「お逃げになるの、お早いですわ。
 わたしは反対の方へ走りましたの。
 ご一緒の方向へ逃げていたら…。
 よくそんなことを考えます。
 でも、ああいう場合は、
 神さまのお指図ですもの、
 仕方ありませんわ」

こうしてみると、
恋愛面でも鮎太は
「翌檜でさえもない」状態なのです。
1つ2つ年上の雪枝に対しては、
成り行きで押し倒した後に
「大切な躰よ、よして!」と言われ、
赤面して終わり。
3歳年上の信子に対しては
告白すらできず。
3つ年下の清香に
アプローチされて
初体験をするものの
相手を理解できていない始末。
作者井上靖の半生が
投影されている主人公鮎太は、
さしずめ時代に先駆けた
草食系男子だったのかも知れません。

(2019.9.27)

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