「盲目物語」(谷崎潤一郎)

女性に対する盲目的な崇拝

「盲目物語」(谷崎潤一郎)
(「吉野葛・盲目物語」)新潮文庫

一人の盲目の按摩師が客に物語る。
自分は戦国一の美人と謳われた
お市の方(織田信長の妹)に仕え、
その悲運な人生を
ともに味わってきたと。
小谷落城と浅井家滅亡、
本能寺の変から
北の庄での落命と、
物語は続く…。

単なる歴史物語ではありません。
盲目の按摩師が語るのですから、
視覚的な情景描写を極力排し、
聴覚と感覚で捉えた人物の心情を
前面に出しているのですが、
揉みほぐす「手」で捉えた
「お市の方像」が
何よりも際立っています。
「おんはだのなめらかさ、こまかさ、
 お手でもおみあしでも
 しっとり露をふくんだような
 ねばりを持っていらしったのは、
 あれこそまことに玉の肌と
 申すものでござりましょうか。」

こうした描写がそこここに
散りばめられているのです。

秀吉がこのお市の方に
恋慕したのは有名な話
(史実ではないという
説もある)なのですが、
この座頭もお市の方に
恋愛の情を抱くのです。
それ故、小谷落城の際も
「せめてお側にいたい」という一心で
籠城組の中に入り、生き延びた後、
北の庄までも同行するのです。

そして秀吉が
お市の方の娘・茶々姫に
懸想したのと同様、
座頭も茶々姫に思いを寄せます。
「せなかのうえにぐったりと
 もたれていらっしゃる
 おちゃちゃどのの
 おんいしき(臀)へ両手をまわして
 しっかりとお抱き申し上げました刹那、
 そのおからだの
 なまめかしいぐあいが
 おわかいころのおくがたに
 あまりにも
 似ていらっしゃいます
(中略)
 このおひいさまに
 おつかえ申すことが出来たら、
 おくがたのおそばにいるのも
 おなじではないか
(中略)。」
茶々は
座頭のそのような料簡を見抜いたか、
そばに仕えることを許しませんでした。

秀吉がお市の方に対して
果たせなかった思いを、
娘・茶々を側室に据えることによって
成就させたのとは対照的に、
座頭のその思いは
満たされることはありませんでした。
しかし、座頭はお市や茶々と
結ばれたいなどとは
考えてもいなかったでしょう。
身分や境遇が決定的に違うのですから。
ただただ一緒にいたい。
そしてお市に
自分の存在そのものを捧げたい。
それこそが座頭の願いであり、
作者・谷崎の
描きたかったことなのだと思います。

女性に対する盲目的な崇拝。
それは文学における
谷崎得意のテーマであるとともに、
谷崎自身の願望でもあり、
信念でもあります。
本作品は
谷崎の自画像と考えるべきでしょう。

※引用文からもわかるように、
 漢字を極力排し、
 ひらがなで綴られた
 美しい日本語であるとともに、
 不思議な妖しさを秘めています。
 ここにも谷
 崎らしさが現れています。

(2019.10.1)

【青空文庫】
「盲目物語」(谷崎潤一郎)

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